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2024/09/21 09:49 |
【劇団ボーカロイド_05】がくぽ、ファーストキスをする
連投第五弾。某所で掲載していたのはここまでです。

タイトルからしての出オチ感。無駄にぐだぐだ長いです。
続きからどうぞ。



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「ついにうちにもナイスの依頼が来たわよ!しかもPV!」
暑い夏の夕方、メイコが嬉しそうに稽古場に駆けこんできた。その瞬間、その場にいた全員が凍りついた。
 
劇団ボーカロイドに入団してから2カ月。がくぽは早く一人前に仕事ができるようになりたいと、昼間は発声やダンスの稽古、夜は寝る間も惜しんで笑顔動画で人気作品のPV研究を続けた。そのおかげで歌もダンスも一通りはこなせるようになり、メイコも単独でのスチール撮影からコーラスレコーディングと徐々に難しい仕事を与えてくれるようになっていた。そしてついに、それはやってきたのである。
 
ナイスとは、神威がくぽのイメージアイテム『茄子』とKAITOのイメージアイテム『アイス』を掛け合わせた言葉である。それが友人同士というより同性愛のニュアンスを大いに含むということを、がくぽは先日知った。
 
「ナイスの仕事って報酬いいし顔が売れるチャンスだから、いつかやりたいって思ってたのよー」
うっとりと目を輝かせているメイコとは対照的に、ミク達は口々に抗議の声をあげる。他の劇団員の時は入団後一年経ってやっとカップリング関係の仕事を与えたではないか、初出演のPV作品がBLというのは敷居が高すぎるのではないか、ということらしい。BL系PVに何作か出演したことのあるというカイトも彼らに賛成のようだ。
がくぽ本人は、先日見たナイスの楽曲PVを思い出して固まって動けない。あれを自分が演じるのか。
「獅子は我が子を千尋の谷へ突き落すのよ。遅かれ早かれこういう仕事は回すつもりだったんだから、それが今になったって大した差はないでしょう?」
メイコは事もなげに言う。がくぽの脳裏に様々な断りの文句や言い訳が次々と浮かんでは消える。しかし、満面の笑みの彼女は、それらをいっぺんに吹き飛ばす殺し文句を放った。
「あたしはここ2カ月のあなたの上達ぶりを評価してるの。あなたなら大丈夫。あたしを信じなさい!」
そこまで言われてしまっては、受けねば男が廃るというものだ。がくぽは依頼を受ける旨を告げた。
 
 
メイコが承諾の電話を掛けるために稽古場を出た後、夕食の食材の買い出しから帰ってきたルカも加わり、6人は頭を突き合わせて台本を覗き込んでいた。
最初の数ページは注釈つきのイメージイラストだった。はだけたYシャツネクタイ姿で横たわる2人。互いのネクタイに手を掛ける2人。そして、指を絡めて見つめ合い、口付ける2人。覚悟していたものよりはだいぶ軽めの内容だというのが率直な感想だ。がくぽ以外にはそうではないようだが。
「キスありかよ!ハードル高いだろ!」
「お姉ちゃん本当にがっくんを突き落すんだね……」
「お兄ちゃんとがっくんのチューかあ。がっくん可哀そう」
「ミク、お兄ちゃんはとっても傷ついたよ」
当事者よりも、周囲の方が盛り上がっている。どんどん逸れていく話を誰も軌道修正しないので放っておくことにした。台本を読み進めようと手に取った時、ルカががくぽの袖を軽く引いた。
「それで、ファーストキスはどなたとなさるんですか?」
「へぁ?」
想定外の質問に思わず間抜けな声を出してしまった。視線が一気にがくぽへと集中する。
「このままではファーストキスの思い出の相手がカイトさんになってしまいますよ」
確かに、初めての口付けが同性とのものというのはあまりいい思い出とは言えない。いや、異性の方がいいに決まっている。聞けば、リン・ミク・ルカはレンと、カイトはメイコとしたそうだ。
「がっくん、あんまり深く考えなくていいよ。初キスシーン前の儀式みたいなもんだから」
さらりとミクは言ったが、何やら不穏な空気が漂っている。
「リン達の中の誰を選んでもいいんだからね~?」
こちらもミクと同じくらいピリピリとした空気を隠し切れていない。なるほど、どうやら彼女達は自分を選べと無言の圧力を発しているようだ。男性陣は若干同情の混ざった目で俺を見ている。燃料を投下した張本人のルカは、夕食の支度をしに席を立ってしまった。
「リンみたいに若くてぴちぴちの方が、がっくんもいい思い出になるよね~」
「そんなロリコンじゃないわよがっくんは。劇団一のアイドルとの方が素敵な思い出になるって」
何とかその場は適当にはぐらかしたが、結局2人は夕食後にがくぽが自宅に帰るまで、静かに火花を散らし続けていた。

 
その夜。やっと2人から解放されたがくぽは、縁側で例の台本を読みながら楽曲を繰り返し聞いていた。この楽曲はカバー曲ではなく、依頼主の処女作だという。初めてのPV出演だということ以上に、依頼主の門出に足を引っ張るようなことがあってはならないという思いで、これまで以上に緊張しているのが自分でもわかった。もちろん、カイトとの口付けの件も緊張の一因ではあるが。
ふっと、台本に影が落ちる。顔を上げると、ルカが立っていた。慌ててヘッドホンを外す。
「ごめんなさい。何度かチャイムを鳴らしたんですけど、お返事がなかったので」
「ああ、それはすまなかった」
何でも、晩酌序盤でカイトが潰れてしまったため、がくぽを連れて来いとメイコに言われたらしい。あなたは飲まないのかと尋ねると、歓迎会の時に記憶が無くなるまで飲んでしまい、翌日何故かカイトの左頬が真っ赤に腫れあがっていたが誰も理由を教えてくれなかったので、自分には酒乱の気があるようだからと禁酒しているのだという。同じ酒乱でも「お酒は私の血液だから!」と胸を張るメイコとは大違いだ。
メイコには逆らえないので、気は進まないが行くしかないだろう。ため息交じりに台本を閉じようとして、先刻のリンとミクのやりとりを思い出す。そういえば、今は彼女と二人きりだ。
「わかった。ただしルカ殿、行く前にひとつ、俺から頼みがある」
リンかミクのどちらかを選んでしまうと、後々面倒なことになる気がする。2人には悪いが、彼女達の目のないこの機会を逃すわけにはいかない。
「この台本の、この場面の練習相手になっていただきたい」
極力平静を装い、イメージイラストの一ページを示す。嫌がられはしまいかとルカの様子を伺うが、彼女は特に驚きも嫌な顔もせず、いつものように微笑んだ。
「私でよろしければ」
 
ルカとがくぽは、特に親しいということはない。むしろ、歓迎会以降ほとんど挨拶以外の会話を交わした記憶がない。いつも穏やかに微笑んでいる物静かな女性という印象だ。がくぽが彼女に相手役を頼んだのは、偶然2人きりになれた女性がメイコではなくルカだった、それだけのことだ。
練習以外の他意はないのだが、それでも女性と口付けを交わすということに変わりはなく、胸はどうしようもなく早鐘を打つ。
気恥ずかしさで手が震えそうになるのを必死でこらえ、イラストの横に書かれた注釈通りに、彼女の細い指に自分の指を絡める。本来ネクタイに掛けるべき手は、肩に添えた。
彼女は空いた手でがくぽの服を掴む。そして、顔をあげると彼の目を見つめ、そのまま目を閉じた。意を決して、ゆっくりと唇を重ね合わせる。
近づいて初めて気付いた、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。香水とは違う、もっと微かな香りだ。優しい香りと柔らかい唇、わずかに力を込めて握り返された手。そのどれもが離れがたい魅力を持ち、もっと、ずっとこのままでいたいと思わせる。
「はい、よくできました」
唇を離したルカの微笑みが、がくぽを現実に引き戻す。これはあくまでも初仕事前の儀式。彼女は先輩として引き受けてくれたにすぎないのだ。そう頭では理解しているが、鼓動はすぐには静まりそうにない。
メイコさんが心配しますからと、彼女に促されて歩き出す。がくぽは口付けの甘い余韻に浸りながら、もし何の準備もせずにカイトとの撮影でこの感覚を味わっていたら、間違いなくそちらの世界に目覚めてしまうだろうなどと考えていた。
 
ところが、その後事態は予測もつかない展開を見せた。
迎え入れられたリビングで晩酌相手をするうち、がくぽがまだ口付けを済ませてないと思ったメイコに強引に押し倒され、唇を奪われてしまった。そしてその様子を、物音で起きたカイト、カイトの絶叫で起きてきたミク、リン、レンにしっかりと目撃されたのである。競い合っていた彼女達の眼差しは一変して同情のそれへと変わり、カイトからはなぜか「信じてたのに!」と泣きながらクッションを投げられた。
嵐を巻き起こしてさっさと夢の世界に旅立ってしまったメイコを皆で介抱していると、肌掛けを持ってきたルカががくぽの耳元で小さく囁いた。
「2人だけの秘密になっちゃいましたね」
途端に耳が燃えるように熱くなった。誰に聞かれたわけでもないのに、これは酒のせいだとがくぽは胸の内で言い訳を繰り返していた。

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2010/08/27 22:20 | ボカロ。

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