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2024/05/19 16:42 |
【17years before】2人と2人

今日も暑いですね。梅雨どこ行ったの。

前回テキスト投下時に、目次へ追加するのを忘れていました。これからやります。

拍手ありがとうございます。コメント返信1件です。
>may様
こんにちは!コメントありがとうございます!
楽しみにして下さってて嬉しいです。頑張って更新します(`・ω・´)ゞ



庭時代捏造(13)です。








 換気用に開け放たれた窓から大勢の足音が聞こえてくる。10人、いや20人はいるかもしれない。誰かが照明のスイッチを入れたらしく、暗闇の中に白熱灯の光が四角い形のまま降り注いだ。
 叩き起こされた白毛シンデレラ牛達の不満そうな鳴き声に構うこともなく、飼葉を掻き分ける音と男達の低い話し声が響く。ようやくその音が止むかと思った時、急に四角い光の中に黒い影が現れた。窓から身を乗り出して屋外の様子を窺っているのだ。
「いたのか?」
「……いや、勘違いだったらしい。他を探そう」
 足音は徐々に遠ざかり、消灯とともに落ち着きを取り戻した室内からは再び心地よさそうなイビキが聞こえ始める。彼らの安眠を妨害した人間達は一人残らず出て行ったようだ。
 飼育棟裏手の工事現場。窓の真下に位置する資材置き場の雨除けブルーシートの下で、息を殺していた2人の少年はホッと胸を撫で下ろした。

 自室の窓を蹴破って外に飛び出した後、トリコは木々の枝をクッションにして衝撃を和らげつつ地面へと着地した。ココは無事だろうかと気が急いて仕方がない。裏口に回り込み、非常階段の柵を乗り越えたところをゼブラの音弾に呼び止められた。
 ――来ても無駄だ。ここにはもう誰もいねえ。
 一足早く到着したゼブラが告げたのは、ココの部屋が既にもぬけの殻だということだった。
 ほんの数十分前までは何人もの研究員がココを取り囲んでいたのだろうが、今は誰もいない。壁際には電源が入ったままの検査機器が並び、規則的な電子音を鳴らしながら粛々と自分の責務を果たしている。ベッド下には見慣れた手術着が無造作に打ち捨てられていた。
「……ココを探さないと」
 ――探すって、当てはあるのか?
「ないけど、じっとなんてしてられるか! あいつらの白衣には血や薬品の色んな臭いが染み付いてるんだ。あの嫌な臭いを辿って行けば」
 ――無駄なことすんな。オレはとっくにあいつらの音を掴んでる。ココが連れて行かれた場所もだいたいは見当が付いてるぜ。
 そこまで言われてしまっては、トリコはゼブラに従うほかなかった。
 ――オレがココを連れてくる代わりに、お前は例の工事現場でサニー拾ってこい。
 ゼブラの言葉通り飼育棟の裏手に行ってみると、工事現場の資材置き場にサニーは隠れていた。顔色はひどく悪かったが、トリコの顔を見るなり自慢気にピースサインを作る程度の元気はあるらしい。生地の薄いピンクのパジャマはところどころ土で汚れていて、ここにたどり着くまでに何度も転んだ様子が伺えた。

 トリコは耳をそばだてて音弾を待っている。ココを一龍に引き合わせるだけならば、自分が囮になって敷地内を走り回り、ゼブラのために時間を稼ぐ手もあった。だが衰弱したサニーを一人残して行くわけにはいかない。悩んだ挙句、ゼブラがココを救い出したタイミングで合図を送り、サニーを背負ったトリコと合流して一龍の元へ向かうのが一番いいだろうという結論に至った。一龍ならば各国の名医を呼び集めてココ達を治療してくれるだろう。そうすればあの老人も手出しはできなくなる。
 サニーはパジャマの上からトリコのパーカーを羽織り、膝を抱えて震えている。額に浮かぶ汗の量はかなり増えた。刻一刻と体調が悪化する彼の様子は痛ましく、トリコは心配になって声を掛けた。
「まだ寝てた方がよかったんじゃないか? 死にそうな顔してるぞ」
「あのまま寝てたらアイツらに好き放題いじくり回されるじゃん。ソッチのがマジ勘弁」
 熱っぽい荒い息を吐きながら、サニーは片方の手を握って前に突き出した。昨夜ココの頬を殴りつけた拳だった。
「前の毒なんかじゃオレは死なねって、ココに見せてやんだし」
 ココと接触したためにサニーは毒に冒された。それは否定しようのない事実だった。青白い肌に触れたためなのか、あるいは切れた口端に滲んでいた血が飛沫となって口にでも入ったのか、はっきりとした経路は分からない。しかし他に思い当たる節はなかった。
 一方で、同じくココに触れたトリコには何の症状も出ていない。2人の明暗を分けたもの、それは恐らく触れた箇所だ。
『右手以外はまだうまくコントロールできないから薬で何とか抑えてて、それでも時々皮膚の表面に滲み出てくるんだ 』
 昨夜、トリコが握ったのはココの右手だった。細くて肉の薄い掌の感触を思い出すように、トリコは右手を軽く握り締めた。


 ゼブラが足音を追いかけて辿り着いたのは、研究棟の地下にある実験室だった。建物全体に漂う黴臭さと薬品臭は強烈で、トリコ並みの嗅覚でなくとも鼻が曲がりそうになる。ゼブラは吐き気を懸命に堪えつつ廊下の隅にある物置の影に身を隠した。目的の部屋からはまだ話し声が聞こえるので近付けなかった。
 若い男と年配の男が何かを運んでいるようだった。運ぶのに苦労しているのか足取りは重い。台車の軋む音が止むのと同時に溜め息が聞こえた。
 ――手間かけさせやがって。こいつのせいで今日はとんだ厄日だな。
 ――これで終わりじゃないっすよ。今夜は会長が来るんです。
 ――ああ、それでドクターはあんなに機嫌が悪いのか。あの会長、ドクターの崇高な研究について何もわかってないくせに余計な口出しするわ、この研究棟にだって勝手にズカズカ入ってくるわ、とばっちりで俺達はドクターに八つ当たりされるわで迷惑この上ない。金持ちは黙って金だけ出してりゃいいのに。
 ――本当っすね。毎回ガキのために高級な服やらオモチャやら買ってくるけど、消耗品のモルモットにかける金があるならその分うちの予算に回せっての。
 ――いっそ財産を全部ドクターに譲って一生寝たきりになってくれないかな。うっかりこいつに触ったりしてさ。
 ――あはは、ナイスアイデア! どうせもう廃棄するんだし、最後くらいは役に立って欲しいっすよね!
 げらげらと下品な笑い声はコロシアムでの賭けの話題へと移り、ゼブラの潜む物置の前を通過して去って行った。上階の物音を探っていたゼブラは、しばらくは誰も降りてこなさそうだと分かると一気に室内へと踏み込んだ。
 この実験室はしばらく使われていなかったようだ。机の上には黄ばんだ書類やら段ボール箱やらが不安定な山脈を築き、薬品棚もややこしい機械類も埃のベールを被っている。埃は床にも満遍なく積もっており、今しがた出て行った研究員達の足跡と一組の轍がくっきりと刻まれていた。
 ココの姿が見えないことを訝しみながらもとりあえず轍を辿って行くと、台車に載せられたままの大きな箱を見つけた。外観は魚や氷を入れるクーラーボックスに似ているが大きさはまるで違う。高さはゼブラの腰くらい、横幅は両手を広げたのと同じくらいだろうか。同年代の中ではかなり大柄なゼブラでも膝を曲げずに横たわれるに違いない。当然ながら、蓋の上に埃は積もっていなかった。音を立てないよう慎重に2箇所のロックを外し、蓋を持ち上げる。
 箱の中は紫色の液体で満たされていた。赤みを帯びた鮮やかな紫色の液体は濁りも澱みもなく、箱の底にある傷や隅にこびりついた汚れもはっきりと見える。もちろん、一糸纏わぬ姿で沈んでいるココの姿も。
「おい……死んでんのか?」
 ココはひどく殴られたらしく、顔にも体にも痣があった。中途半端に開いた口から空気が吐き出される気配はない。
 ゼブラは箱の側面に耳を付け、次いで水面ぎりぎりまで耳を近付けたが、その聴覚をもってしてもココの心音を捉えることはできなかった。箱の側面を蹴ると振動で水面にさざ波が立つ。ココの体もゆらりと揺れたが、それは彼の意思ではなく周りの液体の揺れによって動かされたにすぎなかった。
 もしかしたら、心音が聞こえないのは水のせいなのかもしれない。本当は気絶しているだけかもしれない。真実を確かめるには水中からココの体を引き揚げなければならないが、使えそうな道具は見当たらなかった。
『ドクターも他の研究者達もボクの体に触れる時はゴム手袋をはめているよ。死ぬかもしれないからね』
 ためらっている時間はない。ゼブラは手の汗をズボンで拭って深呼吸すると、袖を捲り上げて水の中へと腕を突っ込んだ。


 肌寒い風が木々の枝を揺らして吹き抜ける。身を寄せ合って不安を分かち合うトリコとサニーの耳に、待ちに待った声が届いた。
 ――トリコ、サニーはそろそろくたばったか。
「ぁあ!? ざっけんじゃねーぞテメ!」
 ――チッ、元気じゃねえか。
「ココは無事か? 怪我とかさせられてないか? 泣かされたりとかは? なあ教えてくれよ!」
 ――いっぺんに聞くな。ちゃんと生きてるぜ。
 走りながら音弾を飛ばしているのだろう。ゼブラの言葉は途切れがちで、ノイズのような荒い息遣いが絶えず聞こえている。
 ――思ったより時間食っちまった。急ぐぞ。
 それきりゼブラの声は聞こえなくなった。サニーはフードを目深にかぶり、トリコの背にしがみつく。衣服越しに感じる汗の湿り気は尋常ではなかった。
「もう少し我慢しろよ」
 トリコがブルーシートの下から出て空を見上げると、重なり合う葉の隙間に覗く月の光の中にゴマ粒ほどの小さな黒い影が浮かんでいた。それが一龍を載せたヘリコプターだと気付くのと、敷地内にけたたましいサイレンが鳴り響くのはほぼ同時だった。


Fin.

拍手[12回]

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2013/06/08 12:33 | トリコ。

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