忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/19 12:15 |
【春の日をあなたと】4
小松シェフ誕生日テキスト最終話です。
14時が終わるまであと数分!間に合うのか!?


トリココ前提小松→ココとなっております。苦手な方はご注意ください。


お誕生日おめでとう小松シェフ!









 急に飛び込んできた光の眩しさに思わず手で目元を覆った。ハンカチ越しに感じていたより何倍も明るい。それはもう、全面鏡張りの部屋に太陽と一緒に入れられたのかと思うくらいに。少しずつ光に慣らしながら瞼を持ち上げると、目の前には今までに見たことのない景色が広がっていた。
「うわあ…………!」
 口をあんぐりと開けたまま、僕はその場に立ち尽くした。
 最初は雲の上にいるのかと思った。あたり一面真っ白で、陽射しは確かに頭の上から降り注いでいるはずなのに、どこにも影が見当たらなかった。
 次第に目が慣れてくると、小さな光の雨が降っていることに気付いた。かすかな風に吹かれて何度も方向を変えては頬や手の甲を掠めていく。だけど不思議といくつも雨粒が当たっているはずなのに濡れた感じはまったくしない。
 そして顔を上げて、ここは海の中だと知った。頭上には青い空が広がっているとばかり思っていたのに、そこも前後左右足元と同じく眩い白で塗り潰されていた。よくよく見れば白い色にも濃淡があって、色の濃い部分はうっすらとピンクがかっている。白とピンクがワルツを踊るような優雅さでゆったりとうねり、砕けた波頭から飛沫が舞った。
 圧巻の風景に言葉を失っていた僕は、長いことかかってやっと一言発することができた。
「桜……ですか?」
「ああ。この景色がボクからのプレゼントだよ」
 ココさんは僕を追い越して桜の海へと足を踏み出した。はらはらと散る花びらの中、ココさんの動きに合わせて降り積もった花びらも舞い上がる。
「昔、皆と修業で来た時にこの場所を見つけてね。その時はもうほとんど散ってしまっていたから、サニーがとっても悔しがって。だから、大人になったら皆で一緒に花見をしようって四人で約束したんだ。その後それぞれに色々あったから、皆揃うまで時間がかかってしまったけれど」
 背を向けているココさんの表情は見えない。最初柔らかく弾んでいた声は、言葉の最後でわずかに沈んだ。
 色々、という言葉の中には、きっと辛かったことや苦しかったことがたくさん詰まっているんだろう。毒を生み出せる体質のせいで心ない言葉の暴力や偏見の眼差しに晒され、研究者達に追いかけ回されたことがあったというココさん。人は痛みを知った分だけ優しくなれると言うけど、こんなにも優しいココさんはいったいどれだけの痛みを経験してきたのか。僕には想像もつかない。
「大人になったボク達は気付けばバラバラの方向を向いていた。他の三人はどうか知らないけれど、少なくともボクは美食屋を休業すると決めた時にもう彼らと道が交わることはないだろうと思っていたんだ。そんなボク達を再び結び付けてくれたのが、君だよ」
「僕……ですか?」
「君のおかげでボクは美食屋に戻ろうと思えたんだ。ボクだけじゃない、トリコもゼブラもサニーも、君に出会って変わった。そして君を通じてまた繋がり合うことができた」
 くるりと振り向いたココさんは穏やかに微笑んだ。
「誕生日おめでとう。そしてありがとう、小松君。君に出会うことができて本当によかった」
 一面に咲き誇る桜が染め上げた景色の中に、くっきりと浮かび上がるココさんの姿。世の中のすべてが霞んでしまうほどの綺麗な笑顔は今、僕だけに向けられている。
 目隠しの下の世界でココさんと二人きりの時間がもっと続けばいいと願っていた僕は、なんて馬鹿だったんだろう。こんなに優しくて美しい笑顔は、あの世界には存在しないのに。
「ココさん」
 気付いた時には口が勝手に動いていた。
 もうダメだ。止められない。今まで言えずにいた言葉が出口めがけてせり上がって来る。
 何から言おう。どれから言えばいいんだろう。伝えたい気持ちがたくさんありすぎる。
 聞いてくれますか。受け止めてくれますか。あなたを困らせるだけだと分かっていたから言えなかった、僕の想いを。
「あの、ココさん」
 僕の顔が真剣だからなのか、それとも電磁波を捉えたのか。ココさんはわずかに目を見開いた。
 
「僕、ココさんのことが、す…………」
 
 突然、強い突風が吹いた。その音に僕の声はかき消され、横殴りの嵐のように叩きつける大量の花びらが僕達の間に割って入った。ココさんの姿は淡いピンクのカーテンの向こうに消えてしまった。
 再びカーテンが開かれた時、ココさんはもういなかった。いや、いなかったのではなく、ほとんど見えなかった。だって僕の目に映ったのは、白いシャツを着た広い背中と、その脇から覗くベージュの袖だったんだから。
 ぷはっと息を吐き出す音とともにココさんを離すと、青い髪のその人は僕を見てニカッと笑った。
「よっ! 待ってたぜ小松!」
 憎たらしいほど勝ち誇った笑顔。挑戦的にぎらりと光る目。腹が立つんでそのドヤ顔やめてくれませんかトリコさん。
 トリコさんの陰では耳まで真っ赤に染まったココさんが手で口元を覆って俯いている。何をされたかなんて一目瞭然だ。大丈夫ですよココさん。何となくそんな気はしてましたから。
「あっちでサニーとリンが食い物の準備して待ってるぞ! 早く行かねえとゼブラが全部食っちまう!」
「わあああ! ちょっと待ってくださいよトリコさぁん!」
 いきなりラグビーボールのように僕を抱えてトリコさんが走り出した。後ろから慌ててココさんが追ってくる。
 ものすごいスピードで過ぎていく風景はどれだけ進んでも変化しない。島の大きさは分からないけど、いったいこの桜の園はどこまで続いているんだろう。
「オレのココに手を出そうなんざ百年早え」
 ちらりと後ろを確認したトリコさんが僕にしか聞こえないくらいの声で呟いた。
「別にココさんを奪おうなんて思ってません。でも一言伝えるくらいはいいじゃないですか! 僕はココさんのことがす……んぐっ!」
「言わせねえよ」
 口の中に何か放り込まれた。ミニトマトくらいの丸いものが舌に押し潰されて弾け、口いっぱいに甘酸っぱい果汁が広がる。見上げたトリコさんは、弾丸のような速さで走りながら時々桜の中に手を突っ込んでは赤い実をもいで頬張っていた。
「この桜は花と果実をいっぺんにつけるんだ。花に隠れてほとんど見えねえけどな」
 口の端に付いた果汁を手で拭うと、トリコさんはひときわ大きくジャンプした。桜の海を突き抜けて飛び上がった青空に白い彗星。輝くたてがみを掴んで彼と一緒にテリーに跨れば、桜の絨毯からにょっきりと立ち上がるプラム色の塔の上に三人と一匹の影が見えた。
「ユーン!」
「遅刻だぞおめーら! オレがゼブラ食い止めんのにどんだけ苦労したと思ってんだ!」
「あっ! こっそりポテトサラダつまみぐいしてるし! マジ信じらんない!」
「小僧が来たんだからもういいじゃねえか! そっちの唐揚げも寄越せ!」
 クインの頭の上が花見兼誕生日パーティーの会場ってことか。考えたのは絶対サニーさんだな。
 力強い黒い旋風が僕達を追い越して吹き過ぎた。キッスの翼が力強く羽ばたく合間に緑のターバンが見え隠れしている。
 ふわり、と体が急に軽くなった。トリコさんが僕の首根っこを掴んで持ち上げたのだ。しかもやけにムスッとした顔で。
「お前にオレからの誕生日プレゼントをやろう。ただし、今日一日限定。オレの目の届かないところに行くのはナシだ。それからさっきの続きを言うのもナシ。いいな?」
「へ?」
 言うなり、トリコさんは大声を張り上げて。
「ココォ! 落っことすんじゃねえぞぉ!!」
 キッスに向かって思いっきり僕を投げた。
「うっぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」
 きりもみ回転しながら僕の体は宙を舞う。
 目に映るのは、抜けるように青い空。コットンキャンディのような桜の絨毯。ニヒヒと笑うトリコさん。真っ白なテリー。クインの上から真っ青な顔をして身を乗り出しているサニーさん、リンさん、ゼブラさん、ユン。山と積まれた重箱に飲み物、それからケーキ。猛スピードで方向転換してきたキッス。
 そして。
「小松君っ!!」
 僕に向かって大きく腕を広げた、僕の大好きな人。
 
 
 
Fin.

拍手[18回]

PR

2012/03/31 14:58 | トリコ。

<<19巻&学トリ感想、コメント返信 | HOME | 【春の日をあなたと】3>>
忍者ブログ[PR]