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2024/05/19 12:27 |
【あの日、サンタが歌った歌は】2.The Red Score
クリスマステキストその2です。

< 赤 >を選んだ方はこちらへどうぞ。
注 : このテキストはグロテスクな表現を含みます。

< やっぱり緑にする >






 どんよりと重たい雲が夜空に漂う12月24日深夜。浮かぶ月は半分以上欠けていて、雲の隙間から時折顔を覗かせては頼りない光をこぼしている。前日から降り続いていた雪は昼過ぎにはすっかり止んで、クリスマスツリーに積もった雪も日が沈む頃には大半が地面へと落ちていた。ほんの数時間前まではパーティーの歓声が響いていた敷地内も、今は風の音がわずかに聞こえるだけである。
 敷地の外れには唯一外界と敷地内とを行き来できるゲートがあり、ここにもカラフルなモールやオーナメントで飾り付けが施されている。そのゲート脇の守衛所から4人の人影が現れた。
「今日は一段と冷えるな。息が真っ白だぜ」
 ポケットに手を突っ込んだゼブラは空を見上げる。吐き出した息は一瞬だけその場にとどまり、すぐに姿を消した。
 べったりとペンキのようなものが付いた防寒着をつまんで、ココは小さく笑った。
「ボク達、まるでサンタクロースみたいだね」
「ははは! 本当だな!」

 手に付いたものを裾でごしごしと拭いながらトリコも頷いた。
 サニーは守衛所の中に戻ると、ゲートの開閉を制御しているコンピューターの主電源を落とした。次いで、配線コードを全て引きちぎる。完全にシステムが沈黙したことを確認すると、足元に転がっている頭部を奥に蹴り込んでドアを閉め、先に歩きだしていた3人を追って小走りに駆けだした。
 ドアの下からは、彼らの服に付いているものと同じ液体がどろりと流れ出ている。弱々しいハロゲン灯の下、白い雪を蝕むように赤い水溜まりがじわじわと広がっていた。
 
「よし、んじゃさっそく始めっか!」
 中庭に聳えるクリスマスツリーの前に着くと、サニーは髪の間から4本の紐を出して全員に引かせた。紐の先にはジンジャーマン型オーナメントが付いており、それぞれ裏に1から4までの数字が1つ書かれている。互いの数字を確認すると、研究所の向かい側に建つ4階建ての居住棟を一斉に見上げた。
「「「「よーい、スタート!」」」」
 
 少年達の高らかな声を合図に、悪夢のような一夜が幕を開けた。
 
 ぜえぜえと息を切らしながら、1人の職員が4階の薄暗い廊下を必死の形相で走っている。パジャマに素足というおよそ真冬の深夜には似つかわしくない格好のその男は、何度も転びそうになりながらひたすらに走っていた。
 けたたましく鳴り響く非常ベル。
 いたるところで上がる悲鳴。嗚咽。絶叫。
 ガラスの割れる音。コンクリートの砕ける音。
 建物に充満した困惑。焦燥。恐怖。恐怖。恐怖。
 突然、轟音とともに進行方向の先のドアが吹き飛び、男の前に2人の人間が転がり出た。1人はその時点ですでに首があらぬ方向に曲がり絶命していた。もう1人は苦痛に顔を歪めながらも何とか上半身を起こすと、男の姿を認めて折れた腕を伸ばそうとした。だが、室内から伸びてきた色鮮やかな大量の触手に絡め取られ、2人ともあっという間に室内に引きずり戻された。
 触手は外から窓ガラスを突き破って侵入したらしい。風が吹き込む音に紛れて少年の甲高い笑い声が届いた。
「どーよ! オレの触覚さばき! パネェつくしーだろ!」
 すでに視界には階下へと続く階段を捉えているだろう。しかし男は足が竦んでしまったのか呆然と立ち尽くしていた。また一つ手前のドアが吹き飛び、先程と同じ光景が繰り返される。触手はさらに廊下の反対側にあるトイレのドアを突き破り、中に隠れていた人間を引きずりだした。命乞いをする叫び声は何かが折れる鈍い音とともに途絶えた。
 ガタガタと足を震わせる男はそれでも階段から目を離さない。恐怖に押し潰されそうになりながらもどうにか逃げ延びようと考えを巡らせているようだ。
 ところがその階段の下から、触手の主を呼ぶ声がした。ケラケラと楽しそうな笑い声が近付いてくるのに比例して男の震えも徐々に大きくなっていく。
「サニー、ちょっと手伝ってくれ!」
 男は弾かれたように元来た道を引き返し、青い髪のかかる額がちらりと見えた瞬間フロアの中央にある階段を駆け降りた。散乱したガラスやコンクリートの破片が足の裏に突き刺さり血染めの足跡を記しているが、もはや痛みなど感じていないようだった。
 3階の廊下に飛び出した男は掠れた短い悲鳴を上げ、その場で激しく嘔吐した。足元にはバラバラに切り刻まれた死体が無数に転がり、おびただしい血が視界に映るものすべてを真紅に塗り潰していた。中には上半身と下半身を引き離されてなお動いている者もあり、そこかしこから呻き声があがっていた。見知った顔もあったのだろう。男は啜り泣き始めた。
 居住棟は防犯の都合上、1階から4階までを直接つなぐ階段は存在しない。廊下を埋め尽くす死体を避けながら男は次の階段を目指した。2階へと続く階段の踊り場で、男はもう一度嘔吐した。そこには10人余りの人間が折り重なって、否、積み上げられていた。彼らの胴にはマシンガンで撃ち抜かれたような貫通痕が直線に並んでいた。
 血で足を滑らせ転げ落ちるようにして男は2階へとたどり着いた。窓ガラスは全て跡形もなく吹き飛び個室のドアは歪んでいるが、呻き声も聞こえず死体も転がっていない。傾いた非常灯が無機質に床や壁を照らしているのみである。上階があれだけの惨状だというのに、このフロアは異様に静かだった。
 男は顔を拭い、軽く息を整えて歩き出した。周囲を警戒しているのだろう、目線を左右に配りながら足音をたてないように慎重に歩いている。途中、痛覚が戻ってきたのか立ち止まって足の裏に刺さったガラス片を引き抜いていた男は、不意に顔を上げると耳を澄ます動作をした。
 上階からはまだ破砕音や呻き声が聞こえてくるが、あれほど金切り声を上げていた非常ベルの音がまったく聞こえなくなっていた。
 男は階段手前の壁に駆け寄った。非常警報装置が埋め込まれていたはずのそこは、機器が根こそぎ引きちぎられてがらんどうの穴があるのみだった。
 じりじりと後ずさった男は、歪んだドアにぶつかりもろともに個室の中へと倒れ込む。後頭部と背中をしたたかに打ちつけて激しく咳込む男の体に黒い人影がかかった。
 赤い髪。年齢不相応に発達した筋肉。鋭い目つき。手には非常警報装置を覆っていた赤い鉄板。男がガチガチと噛み合わない歯を鳴らしながら少年の名前を絞り出すと、彼はにやりと笑った。少年の後ろには壁にもたれて動かない人間がいる。眼球は2つとも飛び出して、鼻、耳、口から血を流し絶命していた。
 少年が何か言おうとした瞬間、男は断末魔の叫び声を上げた。それは意図したものではなかっただろうが、常人を遥かに凌ぐ彼の聴覚にダメージは大きかったらしく、少年が一瞬怯んだ。男は意味不明な言葉を口走りながら一目散に逃げ出した。
 ようやく1階までやってきた男は、死体の山を見ても驚きもせずに踏み越えて行った。髪を振り乱し、他人の血と自分の吐瀉物にまみれ、なおも一心不乱に出口を目指している。口の端からだらだらと涎を流しつつ微かな笑みさえ浮かべたその顔は、男の精神状態が極限を超えて彼岸に渡ってしまっていることを如実に物語っていた。
 蛍光灯の灯りに照らし出されたエントランスが見えると、男は歓喜の雄叫びを上げた。観音開きのガラス扉の向こうにはクリスマスツリーのイルミネーションが瞬いている。男は両手を広げ、涙を流しながら走り出した。もはや扉の前に倒れる屍達は目に入っていないようだ。
 しかし、取っ手を押しても引いても扉は開かなかった。鍵が掛かっていたのである。強化ガラスでできた扉は固く閉ざされ、何度体当たりしてもびくともしない。男はそばにあった金属製の傘立てを持ち上げ、喚き散らしながら打ちつけ始めた。廊下中に響くガラスと金属がぶつかり合う音。その音の中に、男のものではない声が混ざった。
「そっち行ったぞココ。逃がすなよ」
 恐らく男には聞こえていなかったのだろう。脇目も振らずに叩きつけては跳ね返される不毛な行為を何度も繰り返し続ける。
 息を切らせて再び傘立てを振り上げた時、その腕は背後から掴まれた。
「ボクは自分の分で精一杯だよ……」
 囁くような柔らかい声。ガラス扉に映るのは、黒髪に赤紫色の肌をした少年。男の手から傘立てが落ち、耳障りな音をたてて転がった。
 指の長い赤紫の手が男の目を覆い、手の下から黒い雫がつうっと涙のように頬を伝う。その雫が唇に触れた途端、男は血混じりの泡を噴き出してその場に崩れ落ちた。2、3度痙攣した体は、やがて動かなくなった。
 
「真っ赤だな、ココの手」
 エントランスで扉越しにクリスマスツリーを眺めていたココが振り向くと、トリコが立っていた。全身を返り血で赤く染め、青い髪もところどころ黒っぽい束状にまとまっている。
「トリコだって人のこと言えないじゃないか」
 ココはそっけなく答えると、扉の向こうへと視線を戻した。はあっと息を吹きかけ、ガラスを白く曇らせる。肩を竦めて身震いした体を、トリコは背後から包み込むように抱きしめた。
「温かいだろ?」
 いつもならココは自身の毒の影響を恐れてスキンシップを極端に避ける。しかし今夜の彼は嫌がるそぶりなど微塵も見せず、トリコの腕の中でくすりと笑った。
「もう……。ボクに何の躊躇もなく触れるのはトリコだけだよ」
 体を反転させると、毒色に染まった指で返り血の乾きかけたトリコの頬を撫でた。見つめ合った2人は、まるでそうするのが当然のように唇を重ねた。
 まだ顔立ちに幼さの残る少年2人の、ぎこちなさの欠片もないキス。自分達が手に掛けた死体に囲まれてねっとりと舌を絡め合う姿はあまりにも異様で、しかし戦慄を覚えるほどに官能的だった。
 たっぷりとお互いの口腔内を味わった2人が唇を離した瞬間、いきなり彼らの真上の天井が崩れた。間一髪で飛び退くと、即座にココは肌に赤黒い猛毒を行き渡らせ、トリコは釘パンチの構えをとる。
「ちっ、避けやがったか」
 もうもうと立ちこめる粉塵の中から姿を現したのはゼブラだった。
「危ねえだろ!」
「お前が鈍くさいだけだ。チョーシ乗んな」

 ゼブラは強化ガラスの扉を一撃で砕き外へと出ていく。その背中を追いかけるようにふわりとサニーも下りてきた。トリコは猛毒を引かせたココの手を取り、居住棟を後にした。
 
 研究所と居住棟に挟まれた中庭。クリスマスツリーの上部で、4人の少年が枝に腰掛けていた。
 髪についた肉片を払い落しながら、サニーは満足げに目を細めていた。
「どーよ、オレ達からのクリスマスプレゼント。なかなかうめーだろ?」
 窓ガラスを失い吹きさらしになった廊下を駆け回る異形の獣達。研究所の地下深く、強化アクリルの箱の中で飼われていたチェインアニマルは解き放たれ、何物にも縛られない自由を謳歌していた。4人が用意したクリスマスプレゼントも気に入ったようで、我先にとむしゃぶりついている。
 仕留めた人数を指折り数えようとするトリコにココは苦笑した。
「やった数を数えるよりも、残りから逆算した方が早いよ」
 ココが目配せをすると、ゼブラが聴覚を駆使して生存者の気配を探り始める。しばらくして、4階に3人、3階に1人の生存者がいると彼は告げた。2階と1階および敷地内の他の場所には生存者はいなかったようだ。全体からその数を差し引いた3桁の数字をココが教えると、トリコは意外と少ねえなと呟いた。
「んだソレ?」
 肩を寄せ合うトリコとココから少し離れた枝に移動したサニーは、くちゃくちゃと何かを咀嚼しているゼブラに気付いた。
「いやあ、ちっと小腹が空いてよ」
 ガリッと硬い物を噛んだ音がした。ゼブラは顔を顰めて小骨と一緒に金の指輪を吐き捨てた。
 ふと、ココが身を乗り出した。ゼブラも食べていたものを飲み込んで立ち上がる。2人の視線の先、白み始めた東の空から、1機の戦闘機が近付いてきていた。ぐんぐん迫る機影に遅れて音が大きくなる。
 ココが電磁波で読み取った搭乗者は、パイロットの他には研究所の所長を務めるマンサムただ一人。風邪をこじらせて昨日IGO本部の病院に連れて行かれたリンは一緒ではないようだ。ココがそう伝えると、3人は嬉しそうに口角を吊り上げた。
「仕方ねえな。最後は全員で一緒にやろうぜ」
 本能的に危険を察したのか、獣達はプレゼントをくわえて居住棟から逃げ出した。戦闘機が頭上をかすめ、上半身の筋肉を異常に肥大させた巨大な人影が4人めがけてパラシュートもつけずに一直線に飛んでくる。
「危ないから気をつけて。慎重にね」
 口にした言葉とは裏腹に、ココの表情もまた、興奮に彩られていた。
 
 
 深い溜息とともに茂松はリモコンのボタンを押した。大型モニターに映し出されていた当日の監視カメラの映像が、拘束衣をつけられ個別に隔離された少年達の4分割映像に切り替わった。
「……で、この有様というわけか」
 マンサムは無言で頷いた。
 モニターの向こうでは3人の少年達が禁断症状に苦しんでいた。心神喪失状態の彼らは充血した目をぎらつかせ、床をのたうち這いずり回り、大声で泣き喚き続けてもう2時間は経つ。相当体力を消耗しているはずなのだが、3人とも威嚇を解かないので医療班の人間は近付くことができずにいた。
 そんな3人とは対照的に4分割画面の右下に映る少年は静かだった。ノッキングされベッドに固定された彼は、心電図計と無数の点滴チューブに繋がれて30分おきに血液を採取されていた。報告があがって来ないところを見ると、抗体の生成にはもうしばらく時間を要するのだろう。
 拘束後の精密検査で全員の胃内容物からグルメ八法で禁止されている麻薬食材の成分が複数検出された。今回の凶行およびその他の異常行動は、麻薬食材によるグルメ細胞の過活性が原因であると断定された。
 監視カメラの記録から、夕方から行われていたクリスマスパーティーの最中トリコに近づき、ポケットに手を差し入れた人物がいたことが判明した。映像にはその人物の後ろ姿しか映っておらず、その出で立ちも中肉中背のありふれた黒いスーツ姿であったため、特定は不可能に近い。
 トリコは一瞬戸惑ったそぶりを見せたが、ポケットの中身を見ると笑顔になり、すぐに会場の隅へ走っていってゼブラ、サニー、ココと分け合って食べた。そして深夜、彼らはベッドを抜け出し凶行に及んだのである。
「まったく、面倒なことをしてくれたもんだ」
 この時ポケットに入れられたのは金色の個包装のチョコレート4粒であったことが確認されている。トリコの鼻をやすやすと欺いたこのチョコレートを作り上げたのはいったい誰なのか。お互い口には出さないが、IGO内部の人間の犯行である可能性は極めて高いと誰もが考えていた。
 それぞれに被害状況と後処理の進捗を報告する書類を捲りながら再び溜息を吐く。逃げ出したチェインアニマルはゲート内で全て射殺され、食い荒らされた職員や子供達の遺体は可能な限り個人を特定した後に火葬された。奇跡的に生き残った者達はみな精神崩壊を起こしており、病院へと収容された。破壊された建物もすべて取り壊して一から建て直すことが決まっている。
 報告書の最終ページはこう締め括られていた。
 
『本件が4名の今後の成長過程に悪影響を及ぼすことは明白であり、至急記憶の抹消ならびに人格の再調整を要請する』
 
 麻薬食材のせいとはいえ、これほどの惨事を引き起こしたにもかかわらずトリコ達は罰を受けることも廃棄処分されることもない。IGOという組織にとって、グルメ細胞高次適合者の生命の価値は、たかが千人にも満たないその他の人間の命より遥かに重いのである。
 茂松は承認欄にサインをすると、モニターの電源を切った。



【The Red Score : Angels We Have Heard On High (Gloria)】

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2011/12/24 22:00 | トリコ。

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