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2024/05/19 10:45 |
【17years before】夜に走り出す
このところ急に気温が上がったせいで、早くも夏バテ気味です。
食欲を湧かせるためにらっきょを食べています。甘酢漬けおいしいです。
でもカレーライスには福神漬派。

明日はトリコさん誕生日ですね。去年お祝いしたから今年は何もしません(´∀`)


庭捏造(12)です。









 サニーが倒れたのは1階エントランスホール脇のトイレだった。もちろんトリコ達が生活する階にもトイレはある。なぜわざわざ階段をいくつも降りてまで離れた所に行ったのか、サニーの性格を知る者ならばすぐに思い当たるだろう。1階のトイレは来客用を兼ねているためいつも掃除が行き届いており、何よりも全身を映せる大きな鏡が設置されているのだ。
 第一発見者は他ならぬマンサムだった。今日はこれといって来客もなく人影もまばらで、サニーが入って来た時トイレにいたのはマンサムだけだったそうだ。マンサムは歯を磨きながら洗面台の鏡越しに声を掛けた。澄まし顔で悪態を吐くサニーは特に変わった様子はなかったという。
 サニーは鼻歌を歌いながらお気に入りのブラシで丹念に髪を梳かし、左右の横顔もチェックして満足そうに笑うと出口へと向かった。マンサムの視界の端から姿が消えかかる頃、小柄な背中が少しよろめき、直後にどさりと倒れる音がした。段差につまずいたのだと思い顔を向けずに声を掛けたが返事がない。不審に思って見に行くと、サニーは血溜まりの中で胸を押さえて呻いていた。呼吸をしようと口を動かすたびに血が溢れ出して止まらず、医務室に運び込んだ時には相当量の血液を失っていたらしい。
 処置が間に合い、ギリギリのところでサニーは一命を取り留めた。けれど依然として予断を許さない状況に変わりはなく、今も懸命な治療が続けられているとマンサムは言った。血中から検出された物質の毒性はそれほど強くないが、構造式が複雑で解毒剤の精製にはかなりの時間が掛かるという。
「中毒症状が出るまでにはある程度の量を摂取しないといかんようだが、外傷、注射痕なし。胃の内容物にも異常は見られなかった。どこからどうやってサニーの体に入ったのかは分かっとらん。はっきりしているのは、昨日の午前中に行われた採血の時点ではまだ毒を摂取していなかったってことくらいだな」
「……外から入ったんじゃなくて、体の中にいきなり毒が生まれたってことはないのか? グルメ細胞なんて何が起こってもおかしくねえんだし」
 トリコの問いにマンサムは首を振った。その可能性については彼らも考えたそうだが、検査の結果サニーのグルメ細胞は体内で毒を作り出せるほどの力を持ってはいなかったらしい。
「警備員が敷地内をくまなく調べたが侵入者の形跡はなかった。身元の確かな関係者を除いて、一昨日の昼以降出入りした者もいない。つまり、まだ敷地内のどこかにその毒が存在しとる可能性が高いわけだ。一刻も早くそいつを見つけ出さねばならんのだが、正体どころか手掛かりもまったく掴めん」
 マンサムは言葉を切り、じっとトリコの顔を見た。
「ところでお前達、毎晩こそこそ出掛けているそうじゃないか。昨夜も姿が見えなかったが、一体どこで何をしとるんだ?」
 口調こそ柔らかかったが目は少しも笑っていない。彼は確信しているのだ。災いの源はそこにあると。
 今ここですべてを話せば、情に厚いマンサムはきっとトリコ達の味方になってくれるだろう。彼の手助けがあればどれほど心強いか。しかし、ひとたびあの老人が出て来てしまえば、岩山のような筋肉も拡声器いらずの大声も何ら意味をなさなくなる。マンサムの地位ではココを守るための盾にはなれないのだ。トリコは下唇を噛んで黙り込むしかなかった。
 2人が無言の駆け引きをしている隣で、ゼブラはマンサムではなく窓を見ていた。引き違い窓の外側には転落防止の名目で鉄格子が嵌っている。頑然と立ちはだかる鉄格子は長年風雨に晒されて表面に錆が浮いていた。
「サニーの治療は普通の医者がやってんのか?」
「いや、特殊医療班だ。残念ながらこの施設には、毒の知識や対処法に関して彼らの右に出る者はいない」
「なるほど。嫌でもあいつらの手を借りなきゃなんねえくらいには切羽詰まってるってわけだな」
 皮肉めいたゼブラの言葉にマンサムは眉を顰めたが、否定するつもりはないらしい。それよりもマンサムが見咎めたのは、特殊医療班という単語を聞いてわずかに顔を強張らせたトリコだった。
「お前達の秘密の場所は、特殊医療班に関係があるのか?」
「そっ、それは……」
「ああそうだ」
 激しく動揺したトリコとは正反対に、ゼブラは意外なほどあっさりと認めてしまった。
「だが、これ以上は教えてやらねえぜ。オレ達も時間がないんだ」
「何?」
 その時、ドアを激しく叩く音がした。ノックとは言い難い力の入れ様に、寄り掛かってどっかりと腰を下ろしていたマンサムも思わず背中を離す。
「所長、大変です! サ、サニー様が!!」
「サニーがどうした!?」
「そ、それが、その……まさかそんなことになるなんて……あの……」
 職員の要領を得ない言葉に痺れを切らし、マンサムは鍵を開けてドアノブを回した。ゼブラは近くにあった黒いリュックサックを掴み、トリコの耳元に何事か囁いた。トリコはマンサムに気付かれないようそっと窓を盗み見る。
「行くぞ」
 ドアが30センチほど開いて、真っ青な顔でうろたえている職員の顔に光が当たる。だが、声を発しようと口を開いたところでスニーカーを履いた少年の足にしたたかに踏みつけられ、職員はぐらりと後ろに倒れた。
「待てゼブラ! 話はまだ終わっとらん!」
 リュックサックを担いだゼブラはニヤリと笑って駆け出した。思わせぶりな表情にハッとして振り向くと、ガラスの割れる音と鈍い金属音。慌てて窓へと駆け寄っても、かろうじて窓から飛び出したトリコの背中が暗闇へ溶けていく様子を目で追うことしかできなかった。ゼブラとトリコ、どちらを追いかけようにも既に手遅れだった。
 鉄格子を失った窓枠には錆びたネジがポッキリと折れて哀れな姿で立ち並んでいる。断面を撫でながら溜息を吐くマンサムの後ろでは職員が鼻を押さえて項垂れていた。
「すみません……」
「行ってしまったものは仕方がない。で、何か報告することがあるんじゃないのか?」
 自分の使命を思い出した職員は、小さな悲鳴を上げて居住まいを正し、額を床に擦りつけた。
「申し訳ありません! 我々が目を離した隙に、サニー様が集中治療室から脱走しました!」


 同じ頃、ココはぐったりとベッドに横たわっていた。乾いた喉をひゅうひゅうと鳴らしながらどうにか呼吸をしている。サイドテーブルの上には水差しと水の注がれたコップが置かれているが、手を伸ばすほどの気力も体力も残ってはいないようだった。ベッドの周りを忙しそうに歩き回る大人達の中に、ココのためにコップを取ろうとする者は誰一人としていない。やがて、作業の邪魔になったのか、水差しとコップは片付けられてしまった。
 ココの視線はぼんやりと空中をさまよう。ゆらゆらと炎が揺れる燭台。ゴム手袋を装着した白衣の研究員。難解な物質名が貼り付けられている茶色の薬瓶。染みが雲のように見える天井。ココにとって見慣れた、今まで彼の世界の大部分を構成していた要素である。
 開け放たれた書庫の扉の奥に続く洞窟のような暗闇に、ココの目は吸い寄せられた。常人ではどんなに目を凝らしても棚の形を捉えるだけで精一杯だが、彼の目には背表紙に書かれた本のタイトルがくっきりと読み取れていることだろう。ココがまっすぐ見つめる先には、色褪せたスポーツ雑誌と分厚い図鑑、そして栞の挟まれた冒険小説が仲良く並んで置かれているのだ。
 ココが暮らしてきたモノクロの世界は無機質で閉塞的だった。ある日突然その世界に裂け目が生まれ、みるみるうちに鮮やかな原色で塗り替えられた。生まれて初めてできた友達は、この部屋の外側に果てしなく広がっている本物の世界へココを連れ出してくれると言った。
 時計の針は約束の時間へ向かって着実に進んでいる。ココは肺を震わせて息を吸い込んだ。
 ゆっくりとベッドに近付く影があった。特殊医療班を取り仕切る老人である。一段と頭髪の薄くなった老人は、掬い上げるようにココの腕を持ち上げた。
 何度も採血を繰り返した腕には赤い点が無数に散らばっている。白い肌に浮かび上がる静脈の筋をなぞり、老人は目を細めた。肌の上をねっとりと滑る指は肩、鎖骨、顎へと進む。ところが唇の端までを辿ったところで指の動きが止まり、老人の眉間に皺が寄った。指先は小さなかさぶたを捉えていた。
「私の許可なく、これに傷を付けた者がいるな」
 老人の言葉に忙しなく動き回っている研究員達が一斉に足を止めた。白衣の集団はお互いに疑いの目を向け合い、狭い室内に緊張が走る。彼らにとって重要なのは誰が犯人なのかということではなく、自分の身の潔白をいかに証明するかということだった。つまらないことで老人の不興を買ったがために研究者としての人生を絶たれた者達を彼らは何人も見てきたのだ。
 誰も名乗り出る者はおらず、老人の機嫌が目に見えて悪くなっていく。研究員達は焦った。腹の探り合いが日頃の憂さ晴らし混じりの罵り合いにすり替わり始めた頃、ノックと共に新たな白衣姿の研究員が入ってきた。男は異様な空気に臆することなくまっすぐに老人のもとに向かうと、資料を見せながらボソボソと耳打ちした。老人は目を大きく見開き、そのまま目線をココへと走らせる。
「……なるほど。モルモット共が私の大事な最高傑作を穢したか」
 老人に耳打ちした研究員は入り口のドアを閉めなかった。そのため廊下から射し込んだ蛍光灯の強い光がちょうど顔に当たっているというのに、ココは眩しがるそぶりもなく平然と老人を見つめ返していたのだ。老人の体が光を遮る位置まで移動した時、自分の犯した過ちに気付いたココは頬を引き攣らせた。
 老人は手術着の胸元を鷲掴みにして、ココの上半身を起こす。これ以上ボロは出すまいと目を逸らしたココの顎を掴んで無理矢理に目線を合わせさせた。
「どうして言いつけを守らなかった。お前の体はお前自身だけでなく周囲をも傷付ける恐ろしい凶器だと、決して我々以外と接触してはいけないと言ったはずだ」
 強く揺さぶられてココは伏せていた瞼を持ち上げた。長い睫毛の奥で虚ろに曇っていた瞳に、トリコ達から与えられた一欠片の勇気が宿っていた。
「彼らも、ボクも、あなたのモルモットなんかじゃない」
 たどたどしく、しかしきっぱりと言い切って睨み返す。ココは初めて老人に逆らった。
 白衣の集団はどよめいた。どんな仕打ちも拒まなかった従順で便利な人形が、いつ牙を剥いて襲い掛かってくるともしれないモンスターに変貌してしまった。そんな恐怖と衝撃が誰の顔にも張り付いている。
 研究員達の反応はココの瞳の輝きをいっそう強くした。もう一言発しようとココは息を吸い込む。そして再び口を開いた時、彼の目に映ったのは、激昂し彼の首を締めようと手を掛ける老人の醜い姿だった。


Fin.

拍手[11回]

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2013/05/24 23:13 | トリコ。

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