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2024/05/19 10:09 |
【生誕祭!】終わりの朝
トリコ誕生日テキスト、続きです。
やっと完結!










 ひんやりとした風が心地よく髪をなぶる。地平線すれすれまで沈みかけた月は正円で、朝食のパンケーキによく似ていた。まだ日の出には幾分かの余裕があるこの時間帯は、心ゆくまで静寂を味わえる貴重な時間だ。森や獣だけでなく家や街も眠りの中にいる。耳を撫でるのは風ばかり。堅苦しい正装からラフなシャツとデニムに着替えたサニーは、クインの背に乗ってゆったりと暁の散歩を楽しんでいた。
 クインは静謐な空間を少しも歪めることなく岩肌を進んでいく。広大すぎることで有名なこの第一ビオトープの外周を走り始めてまだ一時間は経たないが、もうすぐ出発地点のグルメ研究所にたどり着くだろう。星明かりを受けてほのかに輝く鱗を撫でてやりながら、この美しいパートナーが成体になったら共に地球を一周回ってみたいものだと思いを馳せた。
 一周し終えたところでクインと別れた。グルメ研究所を仰ぐと屋上付近から一筋の紫煙が見えたので、触覚を使って研究所の壁を登っていく。途中、小松が泊まっている部屋を覗くと、一日中食べたり泣いたり笑ったりと忙しかった彼はウォールペンギンの子供を抱きかかえてぐっすりと眠っていた。
 最上階に着き、葉巻樹をくゆらす男の風上に降り立つ。ナイトガウンを着た青い髪の男は驚く様子もなく軽く手を挙げた。
「よ、コンバンハ」
「コンバンハ」
 口に出してみてその言葉に違和感を覚えた。「おはよう」なら幾度となく交わしてきたが、「こんにちは」や「こんばんは」といったややかしこまった挨拶は仲間内でほとんど使ったことがなかったのだ。唯一ココだけは誰に対してもきちんと挨拶をするが、それに対する自分の返事は大概「ん」だけである。
 トリコの口から白い煙が吐き出された。その香りは普段トリコから匂ってくるものよりも爽やかで棘がない。
「ソレ、いつものと違うヤツ?」
「オヤジからの誕生日祝い。一本で家が建つ値段らしいぜ」
 味も香りも格段に違うのだと一本勧められたが断った。葉巻や煙草の良さというものがサニーには理解できない。煙たくて噎せるばかりだし、第一髪に余計な香りがつくのは非常にいただけない。
 お互い無言のまま時間が過ぎていく。サニーはしばらくぼんやりと煙の行く先を眺めていたが、ふとトリコの首筋に小さな赤い痣を見つけた。
「キスマーク」
「ん?」
「珍しいな。トリコに付いてんの」
「背中に名誉の負傷もしてるぜ。見るか?」
「んなもん見たくねーし」
 デレデレとにやけた顔から目を背けつつ、ちらりと室内を振り返る。ベッドの上に盛り上がった曲線はゆっくりと規則的に上下していた。こちらに向けているのは背中だが、穏やかな寝顔で眠っているであろうことは察しが付く。色々あった一日だったが、強引にでも連れてきたのは間違いではなかったということだ。
 
 一昨日ココの家に押し掛けた時、雑然と散らかった部屋に頭を抱えた。いつもこまめに片付けられているココの部屋が、あの日は紙くずやら埃やらがそこかしこに落ち、机の上には読んだ形跡のない新聞が不安定な山を築いていた。キッチンには洗っていない皿が積み上げられていたが、汚れの具合からいってろくな食事をとっていないようだった。
 ココは昔から自分のことにはあまり執着せずおざなりにする傾向がある。特に悩み事や心配事を抱えた時は何も手につかなくなってしまうことが多く、放っておけばオートファジーに陥るまで何も口にしないこともざらだった。触覚フル稼働で掃除洗濯を終わらせた頃に帰ってきたココの顔色は沼の底のように澱んでいて、サニーの予感が的中したことを物語っていた。
「パネェ腹減ってっから、早く晩飯作って」
 自分のためには動かなくても、誰かのためという使命を与えてやれば重い腰を上げる。思いきり嫌そうな顔で大きな溜息を吐いたが、ココはちゃんと二人分の食事を作り、サニーと一緒に食べた。
 食事中、当たり障りのない話題をぽつぽつと話しながらも彼はどこか上の空だった。原因がトリコの誕生日絡みであることは問いただす必要もないほどよく分かっていた。
 視えすぎる目を持つココは、時にその目に頼りすぎる。未来など誰も知らなくて当たり前なのだ。悪いことが起こる前にできる限り不穏な兆しを捉えておきたいという気持ちは分かるが、視えなかったからといって気に病むようなことではない。また、視えたからといってそれに縛られる必要もない。単刀直入にそう言ってやっても、ココは曖昧な笑みを返すだけだった。
 
「しっかしよくココに指輪付けさせられたな。ぜって捨てるか突っ返されると思ってたのに」
 左手の薬指にキラリと光る指輪。小松の全面協力を得てケーキの中に仕込んだ誕生日プレゼントは限りなく勝算の低い賭けだった。ほぼ完璧に練り上げていた一日のタイムスケジュールも、ココが受け取らないことを前提に組んでいたくらいだ。
「それがさ、全力で逃げて口ん中突っ込んでまで隠そうとしたわりに、あっさり自分から嵌めてくれたぜ。今だって付けたまま寝てるしよ」
「ふーん……どーゆー風の吹き回しなんだか」
「愛だな!」
「馬鹿だろ」
 そういえば、手土産を持参していたことをすっかり忘れていた。髪の間からシャンパンのボトルとグラスを出すと、屋根の上に向かって小声で声を掛けた。
「前も降りて来い。飲むよな?」
「おう」
 屋根の縁に腰掛けていたゼブラは音もなく降りてきた。栓を押さえたままボトルを回して静かに開け、三つのグラスへと注ぎ入れる。グラスの底から垂直に立ち昇る泡は実に可憐だ。
「んじゃ改めて、ハッピーバースデイ。つっても日付変わってっけど」
 グラスを鳴らす代わりに軽く目の高さに掲げた。一口含めばきめ細かな炭酸とフルーティーな香りが舌の上でワルツを踊る。さすがはマンサムが戸棚に鍵を掛けてまで隠していたシャンパンだ。一気に飲み干しておかわりを要求する唐変木連中に飲ませたのはもったいなかったかもしれない。
「シャンパンのつまみが干し肉とか調和の欠片もねーし」
「細けえこたあいいんだよ。腹が膨れりゃ何だって同じだ」
 自前の干し肉をくちゃくちゃと噛みながらゼブラが数枚の写真を取り出した。写っているのは複数の金属の部品で、何カ所か赤ペンで丸が付けてある。よく見ると文字らしきものが彫られているようだ。サニーとトリコは額を突き合わせて写真を覗き込んだ。
「d、rt、ORI、p、それとHa? 何だこりゃ」
「てめえがボロクソにやられたGTロボの残骸だ」
 トリコの片眉がピクリと反応した。
「あのGTロボにモーションデータを組み込んだのはリンがとっ捕まえた奴らで間違いねえ。ただし本体はある日突然差出人不明で送りつけられたと言い張ってんだ。所長が言うには、中の構造や回路の組み方は美食會のGTロボとそっくりらしいぜ」
 ベランダに湿った沈黙が下りる。トリコが三杯目のシャンパンをグラスに注ぐ音がした。
「あー、分かった。…………趣味悪」
 赤丸で囲まれたアルファベットを頭の中で何パターンも組み合わせるうちに、サニーの頭脳は一つの結論を導き出した。
“Happy Birthday TORIKO”
 ココ、サニー、ゼブラを模したGTロボの部品に刻み込まれたその文字は、一見すると何の変哲もない、しかし明確に悪意の込められたメッセージだった。
「どうするよトリコ。向こうが喧嘩売ってきてんだ、当然買うよな?」
 ベランダの柵に凭れ、無言のままトリコはシャンパンに口を付ける。こくんと上下する喉元に、また一つ赤い痣を見つけた。
「放っときゃいいんじゃねえの。誰かが死んだわけでもねえし、オレだってもう回復したし。……ああでも」
 興味なさそうにグラスを見つめるトリコの目がふっと柔らかく細められる。揺れるシャンパンの向こう、視線の先にはベッドで眠る男が一人。
「ココに心配かけた分は一発ぶん殴らねえとな。相手がスタージュンだろうがグリンパーチだろうがトミーロッドだろうが、ココのためなら宇宙の果てまでだって吹っ飛ばしてやる」
「どさくさに紛れて惚気てんじゃねえぞコラ」
「いやちっとも紛れてねーし。酔いすぎだしお前」
 サニーの言葉が癇に障ったのか、ゼブラはシャンパンのボトルをひったくると残りをラッパ飲みしてしまった。せっかくの高級シャンパンはその奥深い味わいをろくに称賛されることなく飲み干され、コイツらに飲ませるならもっとランクの低い酒をくすねてくればよかったと嘆いても後の祭りだった。
 
 トリコはのんびりと葉巻樹をふかし、その横でゼブラがでたらめな音程の鼻歌を小さく歌いながら干し肉を齧っている。東の際から白み始めた空はもうすっかり明るくなり、あとは太陽が顔を出すのを待つだけだ。
 シャンパンのラベルを綺麗に剥がそうと端から攻めていたサニーは、ふと顔を上げた。同じタイミングでトリコは葉巻樹を口から離し、ゼブラも鼻歌を止める。
「そろそろ起きるな」
 ベッドの上のココがもぞもぞと身じろぎ始めた。覚醒は近い。
 ゼブラは屋根へと飛び上がり、猛獣の飼育棟に向かって歩き出した。朝飯前のひと暴れでもするつもりなのだろう。サニーもボトルとグラスを回収して迎えに来たクインの背に降りる。
「誕プレ、大事にしろよ。傷でも付けたら承知しねーぞ」
「分かってるって」
 灰皿で葉巻樹を揉み消していたトリコはひらひらと手を振ると部屋の中を振り返った。奥から聞こえる低血圧な声の主に感づかれる前に、クインは静かに走り出す。
 東の空に太陽が顔を出した。透き通った力強い光は世界に目覚めを促し、朝日を浴びて生物達はおのおのに活動を始める。長かった五月二十五日が終わり、新しい一日が始まる高揚感に包まれながら大きく深呼吸をした。
「ん、今日は久々に美白マグロの気分だな。ランチは松の作るマグロのカツレツで決まりだ。行くぜクイン」
 優しく鱗を撫でると、サニーを乗せたプラム色の艶やかなうねりは海を目指して加速した。
 
 
 
Fin.

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2012/06/30 23:57 | トリコ。

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