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2024/05/19 12:16 |
【生誕祭!】哀-3
トリコ誕生日テキスト、続きです。
やっと哀パートが終わります。
次からは楽パートです。なんとか今月中に終わらせられるように頑張ります(`・ω・´)


さっきパソコンデスクに麦茶をこぼして焦りました。幸いパソコンは無事でした。
明日はアニトリー、ああもう今日かー(死んだ魚の目)









 処置室の中へ一歩足を踏み入れると、走り回るスタッフの姿は急速に色褪せて音を失い、モノクロの無声映画さながらの景色へと変わった。視界の中央で横たわるトリコだけが鮮やかな色彩を纏っている。暖かく雄々しい電磁波に包まれたトリコの体は周囲からくっきりと浮かび上がって見えた。
 ココは吸い寄せられるようにゆっくりトリコへと歩み寄る。近付くにつれて濃くなる血の臭いにざわざわと背中が粟立って、無意識のうちに掴んだ手首へと爪を立てていた。
 トリコの顔のすぐ横に屈み込むと、潤いのない唇の間からかすかな呼吸音が聞こえた。酸素マスクが外された代わりに頭から顔の右半分にかけて仮処置の包帯が巻かれている。滲んだ血はもう乾きかけていて出血が収まっていることを物語っていた。こうして向き合ってみると、トリコの負った傷の深さを改めて思い知らされる。
 気配に気付いたのか、閉じていた瞼がピクリと持ち上がる。どんな顔をしたらいいのか分からなくてとりあえず笑って見せた。
「お疲れ様。気分はどうだい?」
 左目だけでぼんやりと見上げたトリコは、ココだと分かるとわずかに眉根を寄せた。
「……足、平気か?」
 切れ味の悪いナイフを心臓に突き立てられた心地がした。グルメ細胞がなければとっくに死んでいるほどの深手を負っているにもかかわらず、どうして先にこちらの心配をするのか。しかもトリコが庇ったのは本物のココではない。彼の体に刻まれた傷の半分は単なる骨折り損に過ぎないのだ。
「あれを操縦していたのは生身の人間じゃない。ボクやマンサム所長達の動きを再現したプログラムか何かが使われていたんだ。ボクはずっと観覧席から見ていたよ」
 トリコは少し驚いたのち、考え込むようにつかの間視線を巡らせた。
「あー……やっぱりな……」
「気付いてたのか?」
「もしかしたら、とは、思ってた……。確信はなかったけどよ」
「だったらとりあえず倒せばよかったじゃないか。だいたい、たかが足の一本折れたくらいでボクが動けなくなるわけがないだろう」
「だよなあ。サニーならともかくココだもんなあ」
「サニーに聞かれたら間違いなく髪ネットで簀巻きにされるぞ」
 どうしてこんな物言いしかできないのだろう。言いたいことも言わなければならないことも他にあるはずなのに、口を開けばすらすら出てくるのは本心とは裏腹な意地の悪い言葉ばかり。つくづく自分の性格が嫌になる。
 これ以上余計なことを言わないようにと唇を噛む。トリコは口を噤んだココを不思議そうに見ていたが、でも、と続けた。
「もし本物のココだったらって思ったら、体が勝手に動いちまったんだ。それであんなにボロ負けしたんじゃ意味ねえけどさ」
 恥ずかしそうにはにかんだ顔はココの胸を潰れるほど締め付けた。崩れ落ちそうになる膝を奮い立たせ、歪んだ笑顔をごまかすように目を逸らせた。
 お前は強いな、トリコ。ボクなんかとは大違いだ。
「格好悪いところ見せちまったな」
 傷付いた肺が痛むのか、トリコは時々小さく呻きながら浅い呼吸を繰り返している。それでもココに掛ける声は優しく、辛さなど微塵も感じさせない。
「本当だよ。お前があんまり派手にやられるもんだから、小松君なんて見ててかわいそうになるくらい泣いてたんだ。サニーだって口にも顔にも出さなかったけど心配してた。二人にはあとでちゃんと謝るんだぞ」
「ん、わかった」
「あと、ゼブラにも一言くらいは声を掛けろ。お前が退場した後のコロシアムを引き継いでくれてるんだ。まあゼブラの場合はお前のためというより単に自分が暴れたかっただけかもしれないが」
「覚えとく」
「それから…………っ」
 ぐっと喉がつかえた。次の言葉が出てこない。滑稽なほどに目線をさまよわせて必死に糸口を探した。
 ダメだ、今は何でもいいからしゃべり続けなければ。でないと自分で自分を保っていられなくなる。頭では分かっているのに体が言うことを聞かず、ひ弱で情けない呼吸音だけが閉じ切らない唇の隙間から逃げていく。
「ココ」
 穏やかな声で名前を呼ばれたココは怖々トリコの顔を見た。
 トリコは笑っていた。心底すまなそうに、しかしどことなく嬉しそうに。
「ありがとな。心配してくれて」
 ギプスで固定された手首を緩慢な動作で持ち上げると、トリコはそっとココの頬に触れた。まだ体温の戻りきっていない肌にトリコの指の温かさが染み渡っていく。
「そんな顔すんなよ」
「……誰のせいだと思ってるんだ」
 笑顔を取り繕う余裕などもうココにはなかった。焦げ茶色の彼の瞳に映る自分の顔は、一筋の涙も流れていない泣き顔に見えた。
 ゆっくりと感触を確かめるようにトリコの指が頬を優しく撫でる。その手に自分の手を重ね、ココは目を伏せた。
「ありがとう。帰ってきてくれて」
 ふと、頬を撫でていた指が止まる。目を上げるとトリコが軽く耳たぶを引っ張った。その合図と彼の笑顔の意図するところに気付いて顔が熱くなったが、実のところ自分も同じことを考えていたのだ。ココはさりげなく周囲の様子を窺ってみたが、さすがにこれだけ多くの人間が周りにいる中で実行に移す勇気はない。小さく首を振ると、トリコは不服そうに口を尖らせた。
 突然処置室の中にサイレンの音が鳴り響く。動揺するスタッフ達の頭上スピーカーから緊急放送が流れた。
 ――技量測定終了! 技量測定終了! 手の空いている者はただちに第七処置室へ急行せよ! 患者は四天王ゼブラ様である!!
 ――繰り返す! 手の空いている者はただちに第七処置室へ急行せよ! 患者は四天王ゼブラ様である!!
 第七処置室はこの部屋の隣だ。スタッフ達は血相を変えて戸棚から取り出したヘルメットを被り、部屋を飛び出していく。窓の外から見守っていたサニーと小松も慌てた様子で走っていき、広い処置室の中にはトリコとココだけが残された。
「……ゼブラが気を利かせたんだと思うか?」
「あいつはそんな細かいことができるタマじゃねえよ」
「同感だ」
 微笑み合って重ねた唇は、かすかに血の味がした。
 
「ココーーッ!!」
「うわっ!」
 廊下に出るといきなりリンが抱きついてきた。面食らっているココに構わずリンは早口で捲し立てる。
「トリコは無事? 大丈夫? 平気? すっごい血出てたし骨とか折れまくってたっぽいし、最後とかもう見てらんなくて目閉じちゃってたから何にも知らないの! ねぇトリコ無事?」
 目元はこすったのかうっすらと赤い。小松ほどではないにしろ彼女も泣いていたのだろう。答える代わりに笑顔で頷くと、すっかり不安の色が消え去ったリンはいつもの元気を取り戻し、ココを抱く腕を緩めないまま嬉しそうに飛び跳ねた。このままの状態だとサニーのこめかみに浮かんだ青筋が爆発しそうなので、そっとリンから体を離す。
「んなに心配なら途中でエンドルフィンスモーク発射すりゃよかったんじゃね?」
「うっせーし馬鹿兄貴! やりたかったけどハイパーエンドルフィンがちょうど切れてたの!」
「ぎゃあぎゃあうるせえぞお前ら」
 隣の処置室のドアが開いて、ゼブラと小松が出てきた。小松はだいぶ瞼の腫れも引いて、さっきまで大泣きしていたことなど嘘のようだ。ゼブラは服があちこち破れているものの多少の擦り傷と痣以外にダメージを受けた様子はない。
「ったく、返り血を浴びただけだってのに大騒ぎしやがって。オレがあんな雑魚共相手に怪我するわけねえだろうが」
「どっちかっていうと、ゼブラさんを治療したかったんじゃなくて頬の傷を縫いたかったみたいですね」
 確かに裂けて大きく開いた左頬がきっちりと縫われている。不気味な電磁波が気になってそっと処置室の中を覗くと、ゼブラ相手に善戦したらしきスタッフ達がガッツポーズの姿勢のまま気絶していた。
 リンの話によると、ココ達三人を模したGTロボは本来技量測定の項目にはなかったらしい。一龍達上層部が見に来ないのをいいことに、一部の技術系職員と特殊医療班が手を組んで勝手に送り込んだ物だったという。リンはたまたまモニタールームの前を通りかかった時にその話を聞きつけた。首謀者らしき男達は傷付いていくトリコの映像を繰り返し再生しながら嬉々としてGTロボの素晴らしさを語り合っていたそうだ。すぐにでも怒鳴りこみたい気持ちを抑えて会話の一部始終を録音し、サンダーペパーミントとデビルドリアンの混合フレグランスを思いっきりぶちかましてからマンサムに引き渡してきたと彼女は胸を張った。
「おいココ」
 ポケットから何かを取り出すと、ゼブラは急にその物体を投げつけてきた。何かからもぎ取ったらしいひしゃげた物体はビールジョッキの底くらいの大きさで、黒いプラスチックと金属の枠にヒビの入った丸いガラスが嵌っていた。どこか見覚えのある形だと思いながらよく見ると、それはコロシアムの各ゲート脇に設置された録画用カメラのレンズだった。
「めんどくせえから全部ぶっ壊しといた。データはリンが消した。あのむかつくGTロボも残らず鉄屑にしてやったぜ」
 驚いて何も言えずにいると、ゼブラはココの頭を上から押さえつけてターバンをぐしゃぐしゃに掻き乱し、フンと鼻を鳴らして去っていった。ニヤニヤ笑いのリンが「今のって超絶照れ隠しだし」と耳打ちしたのも彼にはきっと聞こえていたに違いない。
 サニーと話していた小松は、おもむろに壁の時計を見上げた。
「僕はそろそろ厨房に戻ります。皆さんがビックリするようなメニューをいっぱい準備してますから、楽しみにしててくださいね」
「あ、じゃあうちも部屋戻って着替えてくる。今夜は悩殺セクシー系でトリコをメロメロにしちゃうしー」
 ぺこりとお辞儀をした小松に続いてリンもバタバタと走っていった。
 乱れたターバンを巻き取りながらココも時計を見やる。時計の針は思ったよりもずいぶん先へと進んでいた。コロシアムに入ってから三時間あまりが経ち、パーティーが始まるまであと二時間を切っていた。先ほどリンには大丈夫だと答えたが、トリコの治療がパーティー開始までに終わるのかは疑問だ。せめて自力で食事ができれば回復は早いのだが。
 閉ざされた処置室のドアを見つめて溜息を吐いたのとほぼ同時に、ココはこちらへ向かってくる足音に気付いた。
「来たな」
 サニーにつられて廊下の奥に目をやると、柔らかな黄緑色で全身を包んだ再生屋の青年が向かってくるところだった。ノッキングマスターそっくりな髪形をした青年は通り過ぎざまに手に持ったメモをサニーに見せ、一言もしゃべらずにまっすぐ処置室へと入っていく。
「『トイレが混んでた』だってよ。オレの予想よか六分遅かったけど、パーティーには間に合うから勘弁してやるし」
 サニーは最初からこうなることを見越して彼を呼んだのだろうか。彼と小松が大食い対決に出ることも、ゼブラの参加で早食い競争に変更されることも、トリコがコロシアムで負けることも、彼の手を借りなければならないほどの重傷を負うことも、何もかもが予定通りだというのだろうか。
 ココの目には何も見えなかった。どんなに集中して占っても今日の天気すら分からなかった。日ごと浅くなる睡眠はココから夢を見ることすらも奪った。見たくても見られない未来に歯痒さともどかしさは募るばかりで、仕事に集中できない日が続いていた。
「……美食屋辞めて占い師になったら? ボクなんかよりよっぽど向いてると思うよ」
 興味がないといった顔でそっぽを向いたサニーはふわりと髪をクジャクのように広げた。しなやかな触覚は卵を抱く親鳥の翼を思わせる動きでココを包み込む。
「五分。一秒でも過ぎたら延長料金取るかんな」
 そこまで計算の内だなんて、お前は本当に美しい男だね。
 ぽたりとココの目からこぼれた雫は、リノリウムの床に新たな電磁波の記憶を刻んだ。



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2012/06/17 00:27 | トリコ。

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