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2024/05/19 10:02 |
【生誕祭!】哀-2
トリコ誕生日テキスト、続きです。
まだ哀のパートです。


本当に6月中に終わるのかも雲行きが怪しくなってきました。
当初の予定の倍以上の長さになってしまっているので、自分でも先が見えなくなりつつあります。
アタマイテー(ノ∀`)

こつこつと、一歩ずつでも着実に前進あるのみ!



 






 雲の上を歩けるとしたら、きっとこんな心地がするのではないだろうか。低酸素環境で意識は朦朧とし、マシュマロのようにふわふわした不安定な足場を踊るように飛び跳ねながら前へと進む。目の前に広がるのは遮るもののない青い空と際限なく広がる雲の平原。なんて美しい、現実感のない世界。嫌なことも苦しいこともすべて下界に置き去りにして、軽くなった体一つでどこまでも行ける気がする。自分は何者なのか。どこで生まれ、誰と出会い、何をしてきたのか。自分という個を形成するパーツの一切合財を脱ぎ捨てて、ただの一匹の生物として無邪気に雲の上を跳ねまわる。きっと幸福で楽しい体験だろう。
 けれど、必ず飽きる時が来る。飽きてしまった途端、世界を絶望的な沈黙が塗り潰す。誰もいない孤独を呪い、何もない虚無に押し潰されて発狂し、誰にも知られることなく狂気の内に死んでいく。それは幸せとは程遠い哀れな末路だ。
 受け入れがたい現実を目の前にした時、人は逃避することで自我の崩壊を防ごうと試みる。思考を現実から切り離すことは確かに有効だが、それはあくまでも一時的な処置に過ぎない。何もかもを捨てて孤独と虚無の世界で生きていくつもりがないのならば、いつかは必ず折り合いをつけ、解決策を考案し、立ち向かう勇気を奮い起して再び現実と対峙しなければならないのだ。
 「逃げるな」とゼブラが言った。いや違う、「逃げるのか」と言ったのだ。それに対し自分は何と答えたのだったか。
 ああ、頭の回転が鈍りすぎて訳が分からなくなってきた。ベンゾジアゼピンの血中濃度を高めすぎたのか。肝機能を亢進して分解を進めなければ。
 ここはどこだ。周りには誰がいる。自分は今まで何をしていたのだったか。
 
 ハッと我に返ると、相変わらずサニーはむすっと腕を組んで仁王立ちし、小松は窓に張り付いていた。意識が飛んでいたのはそう長い時間ではなかったようだ。
 小松はしきりに耳を当てたり背伸びをしたりして中の様子を覗き込もうとしていた。急にトリコの周囲が騒がしくなったらしい。窓の向こうでは顔色を変えたスタッフ達が口々に何かを叫びながら右へ左へと駆けまわっている。
「もしかして、トリコさんに何かあったんでしょうか」
 音を通さない窓を歯痒そうに叩く小松の背中が小刻みに震えている。ざわざわと揺らめくサニーの触覚はそよ風に揺れる柳の枝のように美しい。
 やがて、受話器を引っ掴んでどこかへ連絡を取っていたスタッフがこちらに気付いて駆け寄ってきた。最初は懸命に何事かをまくし立てていたが、小松のリアクションで声が届かないことに気付くと手元のメモに殴り書いた文章をこちらに見せた。
『トリコ様の意識が回復しました。血圧、心拍数も共に安定しています』
 声に出してメモを読んだ途端、小松はその場にへたり込むと大声を上げてわんわん泣き出した。よかった、よかったと何度も繰り返しながら床に大きな水溜まりを作る彼に、やれやれといった顔のサニーが新しいハンカチを渡す。
 小松の感情表現は豊かで素直だ。彼は全身を使って喜怒哀楽を表す。時には品がなく思える振る舞いもあるが、その好ましい性格を勘案すればあくまで個性の一部として目を瞑れる範囲だ。今だってトリコの意識が戻って心から嬉しいのだという気持ちが泉のように湧き出て周囲を満たしている。彼のような人間がトリコのパートナーになってくれてよかったとココは心の底から思った。
 安堵の溜息を吐くと、自分が思っていたよりも心配していたことに気付いて人知れず苦笑する。「大丈夫」という言葉はもしかしたら小松ではなく自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
 コンコンと窓をノックする仕種をして、スタッフがまた走り書きを見せてくる。
『ココ様の名前を呼んでいらっしゃいます。こちらに来ていただけますか』
 その文字はココの背中に冷や水を浴びせ掛けた。胸が抉られるように痛む。
 小松が嬉しそうに振り向いた。涙に濡れた、屈託のない輝くような笑顔。ココさん、ココさんと明るい声が呼んでいる。いつまでも黙っているのは不自然だ。何か答えなければ。
 ――断る。
 気付けば口が勝手に動いていた。ぽかんと口を開けた小松は驚いた拍子に涙も引っ込んでしまったようだ。サニーの眉間にも深く皺が寄る。
 ――そんなことよりも今は治療を優先させるべきだ。誕生日パーティーに主役が遅刻したんじゃ格好がつかない。話なんて後でいくらでもできるよ、それこそパーティーの席でね。
「でも、トリコさんが呼んでるのに……」
 ――小松君だってそろそろ厨房の様子が気になり始めているんじゃない? いくら許可を取ったと言っても、いつまでもメインシェフの君がいないんじゃ他のコック達が困るだろう。
 もごもごと小松は口ごもった。痛いところを突かれたというのがはっきりと顔に出ている。状況を飲み込めずにいるスタッフが何度も窓をノックしているようだったが、気付かないふりをして背を向けた。マントがばさりと翻る。
「や、やっぱりダメです! 一言だけでもいいですから!」
 ――何だったら君が行って話しかけてやるといい。一応生きていることは確認したし、ボクは失礼するよ。
 トリコが無事ならそれでいい。自分が行ったところで、してやれることは何ひとつないのだ。
 胸が痛い。心臓から血が噴き出しているようだ。一刻も早くこの場所を離れたい。
 歩き出そうとして、光るネットが行く手を塞いだ。繊細な触覚で編み上げられたネットからは不機嫌な電磁波が熱波のように押し寄せてくる。
「圧覚超過、いい加減ウゼーから解除しろ」
 背後から投げつけられた言葉がコロシアムで見た嫌な出来事を想起させる。わざと神経を逆撫でする単語を選んだのだと分かっていても聞き流すことはできなかった。
 ――人をGTロボみたいに言うな。
「大して変わんねーし。ホントキショイ弱虫毒野郎だぜ。マジムカつく」
「サニーさん、何言って……うわぁっ!」
 大声に驚いて振り返ると、サニーが触覚でココめがけて小松を投げたところだった。何とか受け止めたもののバランスを崩して無様に尻餅をつく。謝りながら体を起こそうとした小松が手に触れて、動きをぴたりと止めた。
「冷たっ……ココさんの手、氷みたいですよ!?」
「どーせ精神安定剤とかフツーならぶっ倒れるくらい出しまくってんだろ? ソレを止めろっつってんの」
 言い訳でもしようものなら切り刻むと言わんばかりにサニーの切れ長な目が冷たく見下ろしている。元よりそこまでバレていては言い訳などする気も起こらないのだが。
 ――……鎮静剤だ。触れもせずによく分かったな。
「テメーが考えそーなことくらい目隠ししてたってお見通しだっつの」
 ゼブラにはコロシアムで手を掴まれた時に気付かれたと分かっていたが、サニーは一体いつ気付いたのだろう。もっとも、聞いたところでこの天邪鬼が素直に教えてくれるとは思えないが。
「つか松気付くの遅すぎ。あんだけココの体ベタベタ触ってたくせに分かんねーとかマジ引くし」
「僕は僕なりにいっぱいいっぱいだったんです! そっそれに、ベタベタなんて触ってません!」
 ――小松君、そろそろ降りてくれるかい。
「あっ、すすす、すみません」
 ココの上に跨りっぱなしだった小松は頬を赤らめて床に降りた。操り人形のように引き起こされる姿を見ながらココも立ち上がる。
 ――少し離れてくれないか。万が一毒が溢れると厄介だから。
 二人が充分に距離を取ったことを確認して、ココは大きく深呼吸をした。
 ベンゾジアゼピンの生成を停止。肝機能亢進、分解促進。血中濃度低下を開始。
 雲の上で夢見心地に散歩していたら、突如足首に嵌められた鉛の足枷。枷に付いた鎖は有無を言わさぬ力で手繰り寄せられ、ココを地面へと引きずり降ろす。その先で待ち構えるのは蓋をしたはずの苦痛と恐怖だ。
 ボディースーツの内側が冷たい汗でじっとりと濡れていく。騒ぎ始めた心臓を抑え込むように両腕できつく体を抱いた。ひどい悪寒が乱れたビジョンの洪水を連れてくる。
 笑うトリコ。ハンバーガーを食べる小松。カメラのフラッシュ。紅茶を飲むサニー。薙ぎ払われるゼブラ。山積みのハンバーガー。卸問屋の社長。ひしめき合う観光客。白い仮面。キッスとクイン。釘パンチを放つトリコ。血を流すトリコ。ココを庇って倒れるトリコ。
 意味など考えてはいけない。意味があるはずもない。あれは自分達の未来を暗示するようなものではなく、ただのGTロボとの戦闘だ。瞼を閉じ、深呼吸を繰り返して歪なビジョンを頭の隅へと追いやって蓋をする。
「……待たせたね。もう大丈夫」
 歯を食いしばってどうにか遣り過ごすと、後には荒い呼吸と早鐘を打つ心臓だけが残された。毒が滲んだ気配は感じられない。
 小松は泣き笑いのような表情でココを見守っていた。窓を見ると、心配そうな顔をしたスタッフが何人もこちらの様子を窺っている。
「早く行け。待ってんぞトリコ」
 サニーの声に背中を押され、窓とは正反対に位置する処置室の入り口を目指してココは歩き出した。


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2012/06/10 19:36 | トリコ。

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