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2024/05/19 08:25 |
【生誕祭!】哀-1
トリコ誕生日テキスト、続きです。



何ということでしょう(劇的BeforeAfter風)
6月になってしまいました。こんなはずでは_(:3」∠)_
ちょっと現実世界が忙しすぎるのと、一度書いた内容が気に入らなくて1から書き直していたので、さらにペースダウン中です。
まだ最後まで書けてません。遅。。。

喜・怒と続いているのでもうお分かりでしょうが、ここから哀パートに入ります。
いやーなところで止めててすみません。でももう少しいやーな感じが続きます。
早くお祝い部分書きたいです。というか終わらせたいです(´;Д;`)

目標は6月中に終わらせることです!志は、低く!(`・ω・´)



 






 二本の足が意思とは無関係に体を前へ前へと運んでいく。天井付近でふわふわと漂いながら自分の体を見下ろしている錯覚を覚えた。
 ココ達三人はリノリウムの廊下を延々と歩いていた。漂白された空間は青白い蛍光灯によって照らし出され、自身の清潔さを声高に主張している。しかし、その白さはあくまでも漂白された白なのだ。元から今までずっと白いわけではない。
 ココの目に映る床と壁は斑模様だ。様々な色の微弱な電磁波が培地に植えられた菌類のようにコロニーを形成し、ひっそりと息づいている。あれはロックドラム、こっちの足元にはマッスルクラブ、今しがた通り過ぎたのは小さかった頃のゼブラ。どんなに漂白しても拭い去ることのできない血の記憶がこの廊下には刻み付けられていた。
 数メートル先でサニーの長い髪が揺れている。コロシアムを出てからサニーは一度も後ろを振り向かない。直接は見えないが、苛立ちと嫌悪感を纏った背中から彼が今どんな表情をしているかは手に取るように分かった。
「サニーさん! どういうことかちゃんと説明してください!」
「どーもこーもねー。さっき見たとーりだし」
 サニーは立ち止まることなく言葉を返す。
 小松の目からまた大粒の涙がこぼれ落ちた。戸惑いと悲しみの入り混じった電磁波に包まれ、体中の水分を絞りきったかと思うほどに泣き続けているのに、彼の涙腺はまだまだ枯れる気配はない。
 ――泣かないで小松君。君も知ってのとおりトリコは頑丈な男だ。そんなに心配しなくて大丈夫さ。
 どこからか、自分によく似た声がする。それが自分の口から飛び出したものだと気付いたのは、小松が縋るような目でこちらを見上げたからだ。
 一瞬胸の奥に痛みが走った気がしたが、痛いと認識する前にどこかへ消えてしまった。
「大丈夫ですよね? トリコさん死んだりしませんよね?」
 愛嬌のある顔は涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。不安でたまらないのだろう、駆け足でもないのに呼吸が浅く乱れている。
 ――控室で会った時に死相は視えなかったよ。君はトリコのパートナーだろう? トリコのことをもっと信じてやってくれないか。
 口角を持ち上げ、頬の筋肉を微笑みに見える位置で固定する。小松はハッとした表情になり、目元を拭うと大きく頷いた。
 サニーと小松の背中に吸い寄せられるようにして斑模様の廊下を進んでいく。一歩、また一歩と進むごとに二人の電磁波が重さを増し、息苦しさが募っていく。ピリピリと張り詰める空気の中、ココは二人をぼんやりと観察していた。
 どうして小松はこんなに不安がっているのだろう。リーガルマンモスの体内で首を折られた時も、アイスヘルで腕を失った時も、小松はトリコの生命力の強さを間近で見てきたはずだ。あの程度でトリコが死ぬはずもないことくらい知っているだろうに。
 サニーが苛立つ理由も分からない。今日に限らず、昔からコロシアムの中では他の実験動物と同じチェインアニマルとして等しく扱われてきたではないか。あの透明なドーム型の檻に一歩足を踏み入れた瞬間からこの命は賭けの対象となる。自分が死にたくなければ相手を沈黙させるしかない。その方法はノッキングでもダウンでも構わないし、相手によっては殺すしかないこともある。今回はトリコがダウンして負けた。それだけだ。
 突き当たりを左に曲がったところで、小松の足が止まった。進行方向の床にはまだ完全には漂白しきれていない朱色の染みが点々と散らばり、奥に行けば行くほど染み同士の間隔は狭くなっている。鮮やかで真新しい血の記憶。立ち昇る陽炎のような電磁波はまぎれもなくトリコのものだ。
 おずおずと小松が手を握ってきた。汗ばんだ手の湿り気と強張りに小松の緊張を感じ取る。幸い自分の体温がかなり低くなっていることには気付かれていない。
 彼は素晴らしい料理人だ。繊細な盛り付けのフルコースメニューから豪快な野外調理まで、彼の手はどんな料理も魔法のように作り出すことができる。素晴らしい包丁を得てからはさらに技術に磨きがかかり、ホテルグルメの星の数はまだまだ増えるだろうともっぱらの噂だ。そんな大事な手で、小松はこの有害な毒を生み出す体に触れている。彼の魔法の手を毒で冒してしまうことなどあってはならない。毒のコントロールは完璧でなければならない。
 ベンゾジアゼピンの生成を継続。血中濃度維持。肝機能抑制。この品のない体もたまには役に立つことがあるのだなと妙に感心して、場違いにも笑い出しそうになってしまった。
 遠くで自分の声がする。意識が体を離れてぼんやりと宙を漂っている。
 ――行こう、小松君。
 そっと握り返すと、小松の電磁波の揺らぎは少しだけ収まった。
 
「トリコさんっっ!!」
 悲痛な声が廊下に響き渡った。壁の一カ所を四角く切り取って分厚いアクリル板が嵌め込まれ、その窓から処置室の中の様子が窺える。窓に両手を叩きつけて小松は何度もトリコの名前を叫んだが、向こう側で忙しなく駆け回る医師や医療班のスタッフ達は誰も気付かない。
 トリコは処置室の中央に据えられたストレッチャーの上に静かに横たわっていた。赤く染まった衣服はすべて剥ぎ取られ、スタッフが二人がかりで体を拭き清めている。日に焼けた肌の至る所に打撲痕や裂傷が刻み付けられ、無傷なのはこちらに向いた足の裏くらいだ。
 頭の周りでは四人のスタッフがガーゼを当てては交換していた。最後の一撃でできた傷口からはとめどなく血が溢れ出して収まらない。奥の自動ドアが開き、ステンレスのワゴンに載った大量の輸血パックが運び込まれた。すぐさま点滴スタンドに鈴生りにぶら下げられる。その横では何本もの注射針が用意され、ラベルの異なるバイアルが脇にずらりと並べられていた。緊迫した空気の中大声でコミュニケーションを取り合っているのだろうが、鉄筋コンクリートの壁とアクリル板の防音能力は高く、何も聞こえてはこなかった。こんな時ゼブラがいてくれたら便利なのだが。
 廊下の血染みはあんなに色濃く電磁波を放っていたのに、トリコ本人の体からはほとんど感じることができなかった。スタッフの隙間から見える胸板の上下運動は弱々しく、酸素マスクに曇りはほとんど現れない。窓越しに見るトリコの姿はとても痛々しかったが、想定の範囲内だったというのが正直な感想だった。
「どんなもん?」
 腕を組んだままサニーが問う。
 ――ざっと見た感じでは、一番大きいのは頭蓋骨の陥没骨折と裂傷。鎖骨と両手首は開放骨折。頚椎捻挫は比較的軽度だな。下半身は内出血ばかりで骨折はしていない。
「内臓は?」
 ――折れた肋骨が四本肺に刺さってる。それ以外はだいたい無事だ。
 だから大丈夫、と付け加えようとしたココを、サニーが目で制止した。この状況は小松にとってちっとも「大丈夫」ではないのだと、サニーの目は訴えている。
 ココは窓に張り付いて離れない小松の背中を見つめた。小松は窓に必死に額を擦りつけて食い入るようにトリコを見ていた。涙と鼻水がアクリル板に細い筋を作っているが、そんなことを気に掛ける様子はない。ただひたすらにトリコの身を案じ、無事を祈り、全神経を集中させてトリコとその周りの医師達の動きを注視していた。
 ちらりと、自分も彼のように振る舞った方がいいのだろうかと思ったが、そんなふうに考えている時点で間違っていることくらいココにも分かっていた。感情の発露は無意識かつ衝動的でなければならない。状況を把握してからその場に応じた顔を作ることに何の意味がある。小松の涙は打算も脚色もないからこそ価値があるのであり、彼を真似て目から水分を放出したとしてもそれは涙と呼ぶにはあまりにもおこがましいただの水なのだ。
 胸の奥に、今度ははっきりとした痛みが走る。これは何だろう。
「松、バッチイ。拭け」
 サニーから差し出されたハンカチを受け取り、小松はのろのろと顔と窓を拭った。泣き腫らした顔はそれでもトリコから背けない。
 ほら、さっさと目を覚ませ。お前のせいで小松君がこんなに泣いてるじゃないか。早く起きていつもみたいに笑ってやりなよ。腹減った、早くお前の飯が食いたいって言ってあげなよ。
 なあ、トリコ。



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2012/06/05 00:07 | トリコ。

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