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2024/05/19 12:16 |
【生誕祭!】喜-1
トリコ誕生日テキストの続きです。
主役がまだ出てきません。

結局今日投下できそうなのはここまでです。。。



トリコさん誕生日おめでとう……いやほんとに > _(:3」∠)_




 






 小松は急いでいた。中身の入っていない大きなリュックサックを背負い、慌ただしく職員が行き交う間を駆け足ですり抜ける。
 ホテルグルメの小松といえば、センチュリースープを現代に蘇らせた噂のコックとしてその名を知らないものはほとんどいないだろう。しかしトリコのハントとホテル業務を優先させてきたためにメディアへの露出はそれほど多くはなく、外見の認知度はまだまだ低かった。それが災いし、更衣室を出てからロビーに出るまでの間に七回も呼び止められ、そのたびに首から提げた入館証を見せて説明をしなければならなかった。コックコートを脱いでしまうと彼はごく普通の小男であり、背中のリュックサックも手伝って、その姿は地方から出てきた中学生に見えるらしい。せめて高校生と言ってほしかったと小松は心の中で呟いた。
 外に出ると、一昨日から泊まり込みでパーティーの仕込みをしていた小松の目に力強い陽射しが飛び込んできた。なんと気持ちのいい快晴だろう。トリコの髪の色そのままの青が頭上に広がっている。
「話には聞いていたけど、すごい人だなぁ」
 関係者専用エリアから見学者エリアに移ると、そこは大勢の一般客でごった返していた。ツアーで訪れたらしき中高年の集団、はぐれないようにとしっかり子供を抱き抱えた家族連れ、学校指定ジャージに身を包んだ修学旅行生など、まさに観光地でお目にかかる典型的な客層である。誰もが手にしているパンフレットには人懐っこい笑顔を浮かべたトリコの写真が大きく印刷され、『美食屋四天王トリコ 生誕祭!』という文字が躍っていた。
 この第一ビオトープは完全予約制で一日に少しの見学者しか受け入れないため、予約してから実際に見学できるまで何年も待たされるのが当たり前である。ところが、年に数回開催されるイベントの日には見学エリアの一部が一般開放されるのだ。旅行会社はこぞってツアーを組み、大量に押し寄せる観光客を狙って多種多様な露店が軒を連ねる様はグルメ神社の境内を彷彿とさせる。無機質なコンクリートで整備された空間は色とりどりの装飾が施され、祭にふさわしい装いへと姿を変えていた。
 今日はトリコやIGOと縁の深い有名人も数多く訪れるとあって、ワイドショーのリポーターやカメラマンなどの報道関係者もかなり来ている。遠くの方でピンクのスーツを着た女性キャスターがデート中の節乃と次郎にインタビューしているのが見えた。
「松! こっちこっち!」
 声のする方に向かうと、ゲロルドケバブの露店の脇にサニーが立っていた。飛び上がって手を振ると、サニーの陰から顔を覗かせたのはココではなかった。
「えっ、鉄平さん!? うわーお久しぶりです!」
『久しぶり。元気してた?』
「筆談じゃなくてしゃべってくださいよ!」
 彼に会うのは実にセンチュリースープのお披露目パーティー以来だ。柔らかな黄緑色の髪をきちんとリーゼントにセットした鉄平は、サニーと同様私服ではなく仕事着姿だった。すでにいくつかの店を回ったようで、手に持ったビニール袋からは焼きそばやイカ焼きのパックが見え隠れしている。
「いやぁ、トリコの誕生日ってこんなに派手なイベントなんだな! 俺先月サニーからメールもらうまでちっとも知らなくってさ、師匠に聞いてみたら言ったことないから知らんって切り捨てられて、何着てくればいいか分かんなかったから困ったんだけど、まぁ何とかなるだろうと思ってとりあえずいつものジャージで来てみたらこれはこれでわりと周囲に馴染むから問題なさそうで安心したよ。あぁ、この袋は師匠へのお土産。手ぶらで帰ったらてめえ一人だけ楽しみやがってとか何とか言いながらシメられるのが目に見えてるから一応ね。つっても、どうせライフに帰るまでの間に冷めちまうんだから食べ物以外にすりゃよかったかな」
 ひとしきり言いたいことを言ってしまうと、鉄平は黙々と焼きそばを食べ始めた。持ち帰るのは諦めたらしい。
 十一時から二時までの三時間が小松に与えられた自由時間だ。その間に見られるものは全部見たいし、食べられるものは全部食べてみたい。職場へのお土産だって買わなければならない。先日サニーと出掛けた時に相談したところ、彼は「舞台裏まですべて知り尽くしたオレがつくしープラン立ててやる」と威勢よく胸を張った。
「今日はよろしくお願いします、サニーさん」
 渡されたパンフレットを開くと、催し物のタイムテーブルの中央、ひときわ目を引くタイトルに赤丸が付けられていた。
「『みんなで挑戦! 四天王トリコと大食い対決!』……恐ろしい企画ですね」
 説明書きによると、会場にいる観客から十名の立候補を募り、制限時間二十分のうちに食べたハンバーガーの合計数をトリコと競うというものらしい。ちなみに観客側が勝利すると、挑戦者にはIGO系列ホテルのペア宿泊券、会場の全員にはグルメ商品券がプレゼントされると書いてある。一見すると太っ腹な企画に思えるが、トリコの食欲をよく知る小松にしてみれば、一般人が十人やそこら束になってかかったところで勝てるわけがないことは明白だった。何とも阿漕な企画である。
「毎年パネェ人気あんだぜ。席は押さえてあるから、先に土産物買いに行くぞ」
 屋台の影を出て歩き始めたサニーの姿に若い女性達が気付き、にわかに騒がしくなる。彼女達はきゃあきゃあと黄色い声を上げながらあっという間に群がって握手を求めたりプレゼントを渡そうとしてきたが、どんなに手を伸ばしても彼の体に触れることはかなわなかった。そして小松や鉄平の体も、押し合いへし合いもみくちゃになっている人の輪の中にいるというのに、誰一人として袖すら触れ合わない。目には見えないがサニーの触覚に守られているのだ。
 彼女達が警備員と揉み合う隙に輪の中を抜け出すと、小松は先ほどから気になっていたことをサニーに尋ねた。
「サニーさん、待ち合わせってココさんも来るんじゃなかったんですか?」
「あいつ今仕事中」
 顎で示された方を見ると、人の流れが大きく迂回してぽっかりと無人になっている一角が見えた。その隅のベンチに腰掛けたココはスーツ姿の中年男性と話し込んでいる。真剣な顔で何度も頷きながら熱心にメモを取っているのは、よく仕入れで世話になっている卸問屋の社長だ。こんな日にまで占いの仕事とは彼もついていない。
 二人の周りに誰も近寄ろうとしないのは、すぐ隣に仏頂面のゼブラが座っているからだった。図々しさに定評のあるテレビ局も、さすがに鋭い目で睨みを利かせる彼へカメラを向ける勇気はないようだ。
「ふーん、あれがココか。初めて見たけどなかなかの色男だな」
 ヒューと口笛を鳴らす鉄平に気付いたわけではないだろうが、ココがちらりと振り返って微笑んだ。大きくドクンと高鳴った鼓動はきっとゼブラの耳には筒抜けだろう。弾むように軽やかになった足取りで、小松はサニーの背中を追いかけた。



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2012/05/25 22:58 | トリコ。

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