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2024/05/19 10:02 |
【春の日をあなたと】3
小松シェフ誕生日テキストその3です。
ところで「小松」というのは名字なんでしょうか。名前なんでしょうか。

トリココ前提小松→ココとなっております。苦手な方はご注意ください。


最終話は14時台に投下できたらいいな!(`・ω・´)







 生い茂る木々の葉に光を遮られた森の中は涼しくて、最初はちょっと寒いかなと感じるくらいだった。しかしそれから十五分歩き続けた僕の体は今、燃えるように熱い。
 ココさんは僕のペースに合わせてかなりゆっくり歩いてくれている。それでも僕は背中を見失わないようにするのがやっとだった。トリコさんと出会う前に比べたら格段に体力はついているはずなんだけどなぁ。ここ最近朝が早くて夜が遅かったからランニングや筋トレをする時間が取れなかったし、かなり鈍ってしまっている。せっかくココさんと二人っきりなのになんて僕は情けないんだろう。
 苔むした岩の上を滑らないように注意を払いながら進むと、澄んだ小川のそばでココさんが待ってくれていた。
「疲れただろう? ちょっと休憩しようか」
「ぜひっ……お願い、します……」
 本当は「ちっとも疲れてないですよ!」と男らしく言いたかったんだけど、とてもそんなこと言える状態じゃない。
 乾いた平らな石に吸い寄せられるように座り込むと、また腹の虫が鳴いた。チョコレートバーで補給した分のエネルギーはもう使い切ってしまったらしい。ココさんが汲んでくれた小川の水は冷たくてとてもおいしかった。
 ココさんは駅舎で会った時と変わらない涼しい顔で隣に座っている。ほんのちょっと手を伸ばせば触れられる距離にココさんの髪が、頬が、唇がある。そのことを意識した途端、今朝見た卑猥な夢を思い出してしまった。
 ダメだダメだ、今電磁波を見られてしまったら絶対嫌われるに決まってる。どうにかして他のことを考えなきゃ。
 そういえば今日は分からないことだらけだ。聞きたいことは山ほどある。どう切り出そうかと迷っていると、ココさんの方から話してくれた。
「ボク達が今いるのは第一ビオトープの近くに浮かぶ島の一つだよ。昔は品種改良した植物の交配実験や栽培をしていたんだけど、管理者が不真面目だったせいで当時からあまり手入れはされていなくてね。実験施設自体が十年くらい前にグルメ研究所内に移されてからはいよいよ誰も寄りつかなくなって、今ではご覧の通りの荒れ放題なのさ」
 なるほど、それでサニーさんは船で移動すると言っていたのか。僕の家から第一ビオトープまでの相当な距離をあの重たいゼブラさんを乗せて飛んだキッスはすごい。
「じゃあ今日はやっぱりバーベキューとかするんですか?」
「ふふ、それはまだ内緒」
 人差し指を押し当てた唇がふにっと柔らかく形を変える。僕は密かに生唾を飲み込んだ。
「さて」
 ココさんはブルゾンの内ポケットから白いハンカチを取り出して、細長い帯状に畳んだ。
「これから先は目隠しをしてもらおうか」
「え!?」
「心配しないで。そんなに長い距離じゃないし、ボクが君の手を引いて歩くから」
 はい、と差し出された白いハンカチにまたしてもよからぬ妄想が爆発しそうになる。これじゃまるで大人の世界を覗いたばかりの子供みたいじゃないか。
 恥ずかしすぎる理由で自己嫌悪に陥って黙り込んだ僕を見て、ココさんが不安げに尋ねてきた。
「もしかして、こういうものは苦手だった? 嫌だったら目をつぶるだけでもいいんだけど」
「だっ大丈夫です! ちょっとビックリしただけですよ! うわー何だろう楽しみだなー!」
 若干引きつった笑顔で慌ててハンカチを巻きつける。視界から風景とココさんが消えて、世界は真っ暗な闇だけになった。
 人間は視覚に頼って生きている動物なのだと再認識する。目隠しをしただけでこんなにも心細くなるなんて。木々の葉がこすれ合う音も、湿った土の匂いも、腰掛けた石の硬さも、自然の中では僕がいかにちっぽけな存在なのかということを声高に叫んでいる。
 そっと、両手を温かくて柔らかいもので包まれた。ココさんの手だ。
「立てるかい?」
 頭の天辺から爪先までじんわりと温めてくれるような、優しいココさんの声。助けてもらいながら立ち上がれば、ほんのり香るココさんの香り。
 孤独な闇の世界に一筋の光が射した。僕を突き離していた世界は掌を返したように穏やかになった。
 ココさんの手を握り、一歩一歩確かめるように踏みしめながら少しずつ前へと進む。足元は小川に辿り着く前よりも平坦で歩きやすかったけど、視覚を奪われた状態ではバランスが取りにくくて、何度もふらついてはココさんに支えられた。
 手を繋いだ時から掌が汗ばんでいるのが気になってしょうがない。自分でも分かるほどじっとりと濡れている。嫌だなと思われていないだろうか。気持ち悪いと思われていないだろうか。そんなことばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 
 ――ボクは毒人間だから。
 ぽつりと呟いて寂しそうに笑った顔を、おこがましくも放っておけないと思ったのがきっとこの気持ちの始まりだった。
 出会ったばかりの頃、僕が触れるたびにココさんは一瞬怯えたように体をこわばらせたけど、だんだんそれも少なくなっていった。最近は手を握るのも抱きつくのも当たり前に受け止めてくれる。
 でも、ココさんから僕に触れてくれたことは一度もなかった。警戒心は解いてくれたし、僕が走って行けば手を広げて迎え入れてくれる。僕からのアクションには応えてくれるのに、僕に向かって手を差し出してくれたことはなかった。
 ココさんが自分から好意的に触れるのはほんの一部の人達だけ。その特別な一部の中に僕は入っていないのだと気付いた時、悲しくて苦しくて泣きたくなった。
 今、僕はココさんと手を繋いでいる。僕から手を伸ばしたのではなく、ココさんが僕の手を握ってくれた。
 目隠しした僕を目的地まで連れて行くなんて、誰にだってできることだ。キッスで運べば手っ取り早いし、トリコさんやゼブラさんなら肩に担いでしまうだろう。サニーさんなら触覚で持ち上げると思う。
 ねぇココさん、どうしてあなたが来てくれたんですか。僕はあなたにとって特別な一握りの内に入れたのだと自惚れてもいいんでしょうか。
 この気持ちが伝わるくらいに強く握り返したいのに、緊張と興奮と不安と期待が混ざり合って結露した掌が許せなくて、なるべく密着しないように手を緩めた。
 
「この橋を渡れば、あともう一息だからね」
 その言葉どおり、足の裏に伝わる感触が土や石の起伏に富んだそれからのっぺりとしたものへと変化した。土踏まずを押し返してフィットするアーチ型。おそらく丸太を並べて作られた橋なのだろう。さらさらと流れる川の水音は、さっきの小川よりも力強い音だった。
 あと少しで目的地に到着してしまう。着いてしまったら、ココさんの手を離さなければいけない。
 何も見えない目隠しの下の世界には、僕とココさんしか存在していない。たった二人ぼっちの贅沢な世界だ。この手を離してしまったら、僕はココさんのいない世界に一人ぼっち。目隠しを取れば、広い世界の中に無数に存在するその他大勢。あっという間に僕という人間の濃度は薄れて、ココさんの周りを流れる空気に溶けてしまう。そう思ったら、カットソーの胸に描かれたロゴマークの真下辺りがきゅうっと締め付けられた。
 もう少しこのままでいたい。そう願う時ほど時間は駆け足で逃げていく。
 急に目隠し越しにも分かるほど明るい場所に出た。久しぶりに感じる陽射しの暖かさに包まれる。やがて足を止めたココさんに、僕は二人ぼっちの小さな世界に終わりが来たことを知った。
 するりとココさんの手が僕の手の中から離れていく。失われていく温もりを染み込ませるように手を握り締めると、思っていたほど汗ばんでいなかったことにほっとした。
「さあ、目隠しを取るよ」
 すぐ後ろから声がして、後頭部の結び目がほどかれた。目隠しをしていたハンカチが頬を撫でて去り、僕はゆっくりと目を開ける。
「わっ!」


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2012/03/31 12:31 | トリコ。

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