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2024/05/19 08:53 |
【春の日をあなたと】2
小松シェフ誕生日テキスト、その2です。
余談ですが、グルメハンティングブックで読むまでウォールペンギンの子供の名前は「ユンユン」だとばかり思っていました。

トリココ前提の小松→ココとなっております。苦手な方はご注意ください。


次は12時台が目標です。目標はあくまで目標であります(`・ω・´)









 柔らかい絨毯に頬をくすぐられ、その心地よさにぐっと顔をうずめた。あの人の匂いがする。なんて幸せなんだろう。
「おい小僧、いつまで寝てんだ」
 ハッと気づくとゼブラさんが僕の肩をガシガシと揺すっていた。結構痛い。ということは、どうやら僕は死んではいないようだ。腕の中で泡を吹いて白目を剥いていたユンもちょうど目を覚ましたところだった。
 暖かい風が湿った髪を撫でる。もうサイレンの音は聞こえなかった。ここはどこだろうと辺りを見渡してみても、視界を遮る天井や壁は何もない。頭の上には青い空、横には緑の森が広がっている。ふと気付いて体の下を見ると、絨毯だと思っていたものは黒い艶やかな羽根だった。
「あれ? キッス?」
「おう。ココから借りた」
 ゼブラさんの口調はまるで自転車でも借りたみたいな軽いノリだ。いいんですかそんなんで。
 だんだんとおぼろげに思い出してきた。ゼブラさんは闇雲にうちのマンションの屋上から飛び降りたんじゃなくて、キッスに飛び乗ったのだ。僕達が乗った瞬間、キッスが苦しそうにグエッと鳴いた気がする。その後は完全に気絶というか寝落ちしてしまっていたようなので分からないけど、結構な時間キッスに乗って移動しているのだろう。太陽はマンションの屋上で見た時よりもかなり高い位置にあった。
 恐る恐る下を覗き込むと、キッスは森を拓いて真っ直ぐに敷かれた道の上をなぞるように飛んでいた。草がぼうぼうに生えた合間に赤錆だらけの線路がかろうじて見え、進行方向にきなこ色のレンガでできた駅舎らしき建物が見えてくる。どうやらキッスはあそこに向かって飛んでいるらしい。
 みっちり筋肉が詰まって重たいゼブラさんとおまけに僕まで乗せて、キッスは相当無理をしているようだ。よろめくように傾いた背中を、ゼブラさんは容赦なくバシッと叩いた。
「根性出せカラス。オレに適応できねえんなら食っちまうぞ」
 哀れなキッスは「食っちまう」という言葉に震えあがり、ものすごい勢いで羽ばたいてホームへと滑り込んだ。そして愉快そうに笑うゼブラさんが降りると、ほっとしたように一鳴きしてその場にぐったりと倒れてしまった。
 ありがとうキッス。僕達まで運んで大変だったろう。体が大きく上下するほどぜいぜいと息を切らしたキッスにユンはぴたりと寄り添い、懸命に頬をすり寄せる。その姿に、アイスヘルで両親を亡くした時のユンの姿を思い出してしまって、ちょっと切なくなった。
 そんなしんみりした僕に構うことなくゼブラさんは待合室の中で何かごそごそとやっていたが、やがて紙袋を持って出てきた。印刷されたロゴはサニーさん御用達の一流ブランド。
「サニーからだ。便所行って着替えてこい」
「あの……僕がいない間にキッスやユンを虐めたりしないでくださいね?」
「しねえよ。いいからさっさと行け」
 足の裏を払いスニーカーだけ突っ掛けて、言われたとおりにトイレへと向かう。途中で気になって振り返ると、ベンチに座って脚を投げ出したゼブラさんは缶コーヒーを飲みながらしっしっと僕を追い払うように手を振っていた。
 ものすごく不安ではあるけど、ゼブラさんは嘘を吐かない人だからたぶん大丈夫。たぶん。
 紙袋の中に入っていたのは、茶色のベルト、ストレートのチノパン、白文字のロゴが入った淡い黄緑色の長袖カットソー、ベージュの細かいチェック模様が入ったシャツ。紺色のパーカーはファスナーだけが赤い。白いスニーカーにも赤いラインが入っている。一緒に入っていたマネキンの着用写真どおりに着てみると、試着もしていないのにぴったりサイズだった。いったいいつ測ったんだろう。ちょっと怖い。
 ありがたいことにヘアワックスの小さな容器も入っていて、ぼさぼさだった前髪にも何とか格好がついた。曇った鏡に映る自分の姿はいつもの自分のようでもあり、同じ顔をした他人のようでもあり、変な気分だ。
 トイレを出て、ちょっと駅舎内を見て回ることにした。頑丈そうな建物は最近では使われていないらしく、色褪せたポスターや古い時刻表が錆ついた画鋲で掲示板に貼り付けられていた。木製の窓枠はところどころペンキが剥げている。天井の蛍光灯には蜘蛛の巣が張り、部屋の隅には枯れ葉が吹き溜まっていた。外から差し込む暖かな春の陽射しが埃っぽい匂いを膨らませている。
 最初にサニーさんから待ち合わせ場所として指定されていたのは港だった。それがどうして駅になったんだろう。船で渡るはずだったルートが何かの理由で通れなくなったりしたのかもしれないが、あんなに錆ついた線路が今も現役で使われているとは思えない。
 そもそも僕は、今日どこでどんなパーティーを開いてもらえるのかまったく知らない。サニーさんに聞いてはみたが、四天王の全員とリンさんが来るってこと以外は何も教えてもらえなかった。窓の外はどんなに目を凝らしても森しか見えない。店はおろか建物の影も形も見えなかった。バーベキューでもするのかな。
「だからお前に任せるのは嫌だったんだ!」
 ホームの方から声がした。聞き間違いようのない声に胸が高鳴る。いてもたってもいられず走り出た僕の目に、こっちに背中を向けて佇む緑のターバンを付けた彼の姿が飛び込んできた。足音に気付いて振り向いた彼は、眉間に刻んでいた皺を緩めて僕に向かって微笑んだ。
「小松君!」
 前を開けたベージュのスタンドカラーブルゾンに白シャツ、スカイブルーのVネックニット。黒とグレーのチェックのパンツ、黒の編み上げブーツ。腰に下がるシルバーのウォレットチェーンはピアスと同じデザイン。ニットの胸元にちらりと覗いたロゴ刺繍は僕が手に持っている紙袋と同じだ。
「ゼブラから全部聞いたよ。せっかくの誕生日なのにこいつが迷惑掛けたようでごめんね。ボクが迎えに行ければよかったんだけど」
「文句を言われる覚えはねえぞ。オレはちゃんと時間どおりに小僧を連れてきただろうが」
「船だったら一時間で済むものを、自分が乗りたくないからって四時間も早く押し掛けた奴がよく言うよ。しかもボクに断りもなしにキッスを勝手に連れ出すなんて」
「ちゃんと声掛けただろ。聞いてねえてめえが悪い」
「ああ確かに聞こえた。『貸してくれ』じゃなくて『借りた』だったけどな。人から何かを借りる時はきちんと事前に承諾を得るのが常識だ。三歳の子供でも知ってるぞ」
「あ?」
 刺々しい言葉にゼブラさんの片眉がぴくりと上がった。ココさんは再び眉間に皺を寄せて睨み返す。何だかどんどん険悪な空気になってるんですけど。
「それから、玄関のドアは普通の人間がノックしたくらいじゃ壊れるわけがないんだ。自分がまともに力加減できなかったくせに責任転嫁も甚だしい」
「相変わらず嫌味な野郎だな。二度とそんな口聞けねえようにしてやろうか」
「やれるものならやってごらんよ」
 ゼブラさんが指を鳴らしながら立ち上がった。額にははっきりと青筋が浮かんでいる。
 ピリピリと顔の産毛に電気が走るような、まさに一触即発の空気。ゼブラさんが拳を振り上げ、ココさんが体勢を低くしてその懐に踏み込もうとした瞬間。
 ぐーーーーーーきゅるるるるるるるるるる。
 僕の腹の虫が元気よく鳴いた。
「あっ…………。す、すみません……」
 慌てて押さえたけれど時既に遅し。
「ぷっ……ははははは!」
「なんつう音鳴らしてんだ小僧! そんなに腹が減ったか!」
 目を点にして振り返った二人は、一拍置いて大笑いし始めた。二人ともすっかり気を削がれたようで、ほんの数秒前の身の毛もよだつ殺気は跡形もなく消え去っていた。ものすごく恥ずかしかったけど、喧嘩を阻止することには成功したみたいだ。
 ココさんからもらったチョコレートバーを食べていると、ゼブラさんが空き缶を握り潰してホームから降りた。
「先に行く。場所はあそこでいいんだよな」
 ココさんが頷くと、ゼブラさんは線路を越えて目の前の森へと入って行った。僕達がキッスに乗るのかと思いきや、ココさんはキッスの背中に僕の持っていた紙袋とユンを乗せて嘴を撫でた。
「もう少し休んでいていいよ。その荷物とペンギン君をよろしくな」
 キッスは静かに、ユンは元気よく返事をした。
「じゃあボク達も行こうか。はぐれないように気を付けてね」
 ココさんは僕が食べ終わったのを見てにっこり笑うと、ゼブラさんが入って行ったのと同じ場所から森の中へと分け入って行った。
 道らしきものがどこにも見当たらない、草も木も伸び放題の森の中へ。



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2012/03/31 10:51 | トリコ。

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