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2024/05/19 10:09 |
【春の日をあなたと】1
3月最終日になりました。
先日の告知通り、テキスト投下します。

気付いた方もいたと思いますが、今日は小松シェフの誕生日です。
アニメのオゾン草編で結構なダメージを受け、「どこかでパーティーしてるんじゃない?(#゚Д゚)」と知らんぷりする気満々だったんですが、書いてしまった以上はせっかくだから投下したいなと。

なお、トリココ前提の小松→ココです。苦手な方はご注意を。


全4話予定です。次は10時台に投下します。








 閉店後の厨房は、営業時間中とは違った忙しさだ。翌日のモーニングビュッフェ、ランチ、ディナーの打ち合わせをした後、見習いや新入りのコックを中心に大量の食材の仕込みをしなければならない。上下関係の厳しい店では料理長や先輩はさっさと帰ってしまうところもあるみたいだけど、僕の勤めるホテルグルメは宿泊のお客様だけでも相当な人数だし、レストラン目当てで来てくださる方もいるから、コック総出で仕込みを行うのが日課だ。もちろん残業代はつく。
 今週は学校が春休みということもあって、ほとんどの客室は家族連れのお客様で埋まっていた。しかも明日は遠方からのバスツアーのお客様が七件、披露宴が二件、さらに立食パーティーの予約も入っていて、一晩中かかっても到底終わりそうにない。
 手を止めて見上げた時計は二時半を回っていた。ひたすら千切りにした山積みのホルモンねぎをボウルに移してラップを掛ける。次の作業に取り掛かろうとしたところでストップがかかった。
「後の分は私達がやります。今日はもう帰ってゆっくり休んでください」
「ありがとう。でも明日は休暇をもらっているし、せめてこれだけ終わらせてから……」
「誕生日パーティーの主役が目の下に隈を作っていたら、サニー様に叱られますよ」
 皮を剥こうと手を伸ばしたポークポテトの籠をさっと取り上げられてしまった。あっという間に僕の手元は片付けられ、コックの一人が厨房のドアを開けてウィンクする。
「小松シェフ、お誕生日おめでとうございます。パーティー楽しんできてくださいね」
 深夜の厨房に控えめな拍手が起こる。ろくに休憩も取れなくて疲労はピークに達しているはずなのに、向けられた顔は皆笑顔だった。ぐわっと込み上げてくる涙を必死に堪えて顔をぐちゃぐちゃにしながら、僕は何度も頭を下げて厨房を後にした。
 タクシーに揺られてマンションに着いた頃にはとっくに三時を過ぎていた。ユンを起こさないように気を付けて部屋に入り、とりあえず歯磨きだけしてパジャマに着替える。更衣室のロッカー前に置かれていたコンパクトなチューリップの花束は、花瓶代わりのマグカップに活けてキッチンに飾った。
 最近はトリコさんからハントの誘いもなく、これまで休んでいた分の穴を埋めるように働きづめだった。僕にとって料理人という仕事は天職だと思っているし、今の環境に不満なんてないけれど、さすがに五十連勤はやりすぎたかな。
 布団に入った途端に襲ってきた猛烈な睡魔に飲み込まれるようにして僕は眠りに落ちた。
 
 ピアニストみたいにしなやかな指が僕の頬に触れる。壊れ物を扱うような、限りない優しさで。
 覆いかぶさる僕を見上げた黒い瞳はどこまでも清らかで、目尻に浮かんだ雫をそっと舌で掬い取れば、長い睫毛がふるりと震えた。それだけで僕はもうはち切れそうになる。
 僕が抱えている醜い欲望なんてすべてお見通しなんだろう。それなのに、どうしてそんな穏やかに笑ってくれるんですか。僕はあなたをめちゃくちゃにしたくてたまらないのに。
 ――我慢なんて、しなくていいんだよ。
 柔らかそうな唇から甘い声で囁かれたら、もう理性だとかプライドだとかどうでもよくなってしまう。ありったけの愛しさをこめて僕はその唇に恭しくキスをした。何度も何度も、この気持ちが伝わるように。
 腰に回された手に導かれて、唇を重ねたまま少しずつ僕を彼の中に沈めていく。漏れる吐息を余すことなく絡め合わせる。二人が、一つになっていく。
 ぴったりと合わさった体はどこが繋ぎ目かなんて分からないくらいに馴染んだ。僕とあなたはこうなる運命だったんですよ、なんて安っぽいメロドラマも真っ青の台詞を口にすれば、頬を染めた彼は幸せそうに目を細めた。
 ――小松君、××××。
 あなたからその言葉を向けてもらえる日が来るなんて。
 ああ。僕はもう、死んでもいい。
 
「僕も……僕もあなたのことが、す……」
『さっさと起きねえか小僧!』
「ひぎゃあああああああああああああっっっっ!?」
 雷が直撃したか、それとも近所のスーパーと銭湯とクリーニング屋がいっぺんに爆発したのかと思うほどの衝撃。それは窓ガラスがビリビリと震えるほどの大音声がもたらしたものだった。
 覚醒しきっていない頭でだって分かる。こんなことができるのは僕が知る限りたった一人しかいない。次の言葉が放たれる前に、どこにいるかもわからない声の主に向かって叫んだ。
「おはようございますゼブラさん! 起きました! 起きましたから!!」
 ベッドから転げ落ちた僕は放心する間もなく、パニックを起こして走り回るユンを抱き締めて落ち着かせる。かわいそうに、すっかり怯えて携帯のバイブレーションみたいにブルブル震えていた。ごめんね。僕のせいじゃないけどごめんね。
 枕元の時計が示す時刻は八時。サニーさんが指定した時刻よりも、それに間に合うようにとセットしてあった目覚まし時計の時刻よりもかなり早い。
「あのー、待ち合わせは一時って連絡をいただいてたんですけど……」
『ああ? サニーの奴が入れたメール見てねえのか?』
「メール?」
 昨日足元に放り出しっぱなしだった鞄を漁る。携帯は受信ランプがちかちかと瞬いていて、ゼブラさんの言うとおりサニーさんからメールが届いていた。
 いわく、「待ち合わせ時間と場所変更すっけど、松の短い足じゃ間に合わねからゼブラ迎えに行かす」だそうで。受信時刻は今朝の七時五十七分。って、たったの三分前じゃないですか!
『さっさと出てこい。行くぞ』
「ま、待ってください! 昨日帰ってきてすぐに寝ちゃったんで、シャワーだけ浴びさせてください! このまんまだと寝癖とか色々ひどくて、絶対サニーさんに怒られちゃいます!」
『……五分だ。それ以上は待ってやらねえ』
 チッという舌打ちは結構近くで聞こえた気がした。僕は急いでパジャマを脱ぎ捨て、タオルを引っ掴んでユニットバスに駆け込んだ。
 まともに洗っている時間なんてないので、頭から一気に熱いシャワーをかぶる。体が温まってやっと全身が目覚めた感じがした。ついでに汚してしまったパンツもゆすぐ。吐いた溜息の半分はもっと続きが見たかったのにという悔しさで、残り半分は恥ずかしさと空しさだったりする。
 夢の中であの人は、うっとりとした眼差しで僕を見つめていた。けれど実際にそんな顔をしているところを見たことなんてない。所詮僕の願望が作り出した妄想でしかないと分かっているから、余計に空しかった。
「顔、合わせづらいなぁ……」
 突然地響きのような音がして慌てて風呂場から飛び出した。手近にあった半袖Tシャツと包丁パンツとデニムを身に付け、頭から水を滴らせたままキッチンに走ると冷蔵庫に逃げ込んでいたユンを引っ張り出す。
 また二回大きな音がした。玄関からだ。鳴き叫ぶユンを抱えたまま玄関まで走っていくと、ドアが外側から中央に向かって大きく歪んでいた。のれんを外側から拳で押したような感じと言えば伝わるだろうか。
「ゼブラさぁんっ! うちのドア壊さないでっ!」
『壊してねえよ。ノックしたぐらいでひん曲がるこいつが悪いんだ』
 ぐらりと揺れたドアは、跳ね橋が下りるようにこっちに向かって倒れてきた。枠だけになった玄関の向こうに窮屈そうに身を屈めてうちの中を覗き込むゼブラさんがいた。
「随分狭っ苦しいとこに住んでんだな。独房の十分の一もねえじゃねえか」
「ぼ、僕にはちょうどいいサイズなんです……」
「まあ、てめえは小せえからな」
 ゼブラさん達が大きすぎるだけですと言おうとしたけれど、それよりも早く小脇に抱えられてしまった。裸足のままユンを抱えた僕を荷物のように持ったゼブラさんは背中を丸めたまま廊下を突き進み、非常扉を蹴破った。
「な、ななな何するんですか!?」
「近道だ」
 非常階段を四段飛ばしで駆け上がり、有刺鉄線を引きちぎって屋上に出る。え、何で柵まで乗り越えるんですか!?
 見下ろした地上では何台ものパトカー、救急車、消防車、戦車までがマンションの周りを包囲していた。封鎖された道路には黒山の人だかり。去年見た映画でこんなシーンがあった気がする。僕は善良な一般市民だったはずなのに、どうして誕生日にこんな目に遭わなきゃならないんだろう。
『美食屋四天王ゼブラ! あなたは完全に包囲されている! 小松シェフを解放し、速やかに投降してください!』
「誤解です! 僕は誘拐されてるんじゃありません! 近所迷惑なんで静かにしてください!」
 僕の必死の叫び声はたくさんのサイレンとがやがやした人の声にかき消されてしまった。拡声器による敬語混じりの説得はなおも続く。ゼブラさんからも説明してもらおうと見上げると、ゼブラさんは地獄の鬼も泣いて逃げ出す恐ろしい顔でニタリと笑った。
「そのペンギン、しっかり掴んどけよ」
「え? あ、ちょ、うわあああああああああああああーー!!」
 ゼブラさんは僕を抱えたまま空中に身を投げ出した。



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2012/03/31 08:37 | トリコ。

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