忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/19 12:27 |
【明日はきっと】
ツイッターで『それでは各自「風が強い夜だった」ではじまるホモ妄想をはじめてください。』というのを見かけて、やってみようと思ったら意外に時間がかかり、しかもホモですらなくなった\(^O^)/
遅筆なので時代の波を逃してばかりです。もっとてきぱき素敵に書けるようになりたい(´・ω・`)

庭時代捏造。トリコ10歳くらい?のお話。







 風が強い夜だった。日付変更線を越えるにはまだ幾分か猶予のある時刻だが、消灯時刻を過ぎた居住棟は出歩く人の気配もなくひっそりと静まりかえっている。ちぎれ飛んだ木の葉がひっきりなしに窓ガラスに叩きつけられる音ばかりが響く廊下を、トリコは重い足取りで歩いていた。
 この風のせいだ。こんなに風がうるさく吹き続けるものだから、同室のゼブラの機嫌が朝からずっと悪かった。何かにつけては難癖を付け、物を投げ、足を引っ掛け、とにかくトリコの神経を逆撫でするようなことばかりしては、そのたびに取っ組み合いの喧嘩になった。
 そうでもしていなければ気が狂いそうなほど、ゼブラの耳にはこの風の音が爆音で響き続けているのだろう。同じグルメ細胞適合者として多少は同情するが、ストレスの捌け口にされる方はたまったものではない。寝入り端に体の上にダイビングボディプレスをかまされてついに堪忍袋の緒が切れたトリコは、スリーパーホールドで締め落とすと適当に布団をかぶせ、部屋を出た。
 明日になれば、風が止めば、ゼブラも少しは落ち着くだろう。痛む背中をさすりながら小さく溜息を吐いた。
 
 トリコは廊下の突き当たりにあるドアの前で立ち止まった。ネームプレートには『ココ』と書かれている。記憶違いでなければ、今日は実験明けの休息日だったはずだ。実験のない日はいつも夜遅くまで本を読んでいると言っていたから、きっと今夜もまだ起きているに違いない。
 血や毒の臭いがしないことを一応確かめてから、控えめに3回ノックする。少しの間をおいて声が返ってきた。薄くドアを開けて真っ暗な室内に体を滑り込ませた。
「トリコ? どうしたの、こんな夜遅くに」
 久しぶりに名前を呼ばれて顔が熱くなる。2週間ぶりに聞いたココの声は変わらず優しかった。
「ココと一緒に寝たいんだ。いいだろ?」
 今日のようにゼブラと喧嘩した日や空腹で眠れない夜に、何度かこうしてココの部屋を訪ねたことがある。よほど体調が悪い時でなければココはベッドに上げてくれた。だから今夜もすぐに受け入れてもらえると思っていたのだが、ココから返ってきたのは困ったような声だった。
 やがて暗闇の中を動く気配がして、ベッド横のカーテンがほんの少し開けられる。隙間から差した一筋の光に照らされて、ベッドの上で上半身を起こしているココの姿が見えた。手招かれるままにベッドに歩み寄ると、ココの奥で寝息を立てている、ココよりも一回り小さな体があった。
「さっきやっと眠ったところなんだ」
 体を小さく丸めるようにして眠っているのはサニーだった。泣いていたのか目元は腫れ上がり、両手は包帯で一纏めにされている。しかし一番異様なのは、長く伸ばしていたはずのカラフルな髪が短く切られていることだった。毛先は切り揃えられているのではなく、適当に鋏で切り刻んだようにガタガタになっている。
「この髪はね、サニーが自分で切ったんだよ」
「え? 何で」
「触覚が暴走してリンちゃんを怪我させちゃったんだ。幸い大したことはなかったけど、サニーはものすごくショックを受けて、周りが目を離した隙にバッサリ。何とか職員の人達が鋏を取り上げて両手を縛ったんだけど、1人にするのは心配だったからボクがお願いしてこの部屋に連れてきた」
 労るような眼差しでサニーを見つめるココの横顔は、最後に見た時よりもやつれていた。パジャマの袖から覗く腕には注射針の痕跡が痛々しく散っていた。
 筋力強化中心の修業をこなすトリコと違い、ココはほとんどの時間を毒劇物への耐性試験と抗体作成に費やしている。研究者達はこぞってココの体に得体の知れない毒を注入しては、自分が欲しいデータを取り終わると苦しんでいるココをさっさと放り出す。日の光を浴びない肌は白いまま。以前よりは筋肉のついた体も自分やゼブラに比べればまだ細い。
 今日もあまり体調は良くなさそうだ。先客のサニーもいることだし、大人しく部屋に帰ろう。そう思って顔を上げると、ココは思いがけない言葉を口にした。
「そんなわけでベッドが狭いんだけど、それでもいいならおいで」
「……いいのか?」
「体をくっつければ何とかなるよ」
 サニーを起こさないように慎重に体を寄せて、スペースを空けてくれた。マットレスを揺らさないようにそろそろと潜り込む。2人の体温で温もった布団は冷えた肌に心地良かった。
 大人サイズのベッドとはいえ、さすがに3人では窮屈だ。ベッドから落ちないようにとココに抱きつくと、その体は腕の中にすっぽりと収まった。ココが縮んだのかと錯覚を覚えるほどに自分の体が大きくなっていることに気付いて、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
 つむじに鼻を押し付けて胸一杯にココの匂いを吸い込んだ。いつもの薄甘い匂いがまったく感じられず、代わりに嗅ぎ慣れない薬品の臭いがした。不安になってココの顔を覗き込む。
「体内での毒の生成を抑える薬の試験中なんだ。ちょっと体は痺れるけど、今回は前よりも抑えられる時間が長くなってるんだって」
 すごいだろうとココは笑った。
 トリコは知っている。その薬はココが自分で毒を制御できなくなった時のために開発されていることを。ココを救うためのものではなく、彼を安全に始末するためのものだということを。
 ココもそのことは知っている。それでも、自分の毒で他人が傷つくよりはいいからと喜んで実験に協力する。たとえどんなに副作用が辛いものであってもココは決して弱音を吐かなかった。
「毒のないボクが庭に出たら、いつもは逃げていく猛獣達も襲ってくるのかな。そしたらきっと一口で食べられちゃうだろうね」
「ココみたいにひょろひょろな奴より、オレやゼブラみたいな食べ甲斐のある方に寄ってくるだろ」
「分からないよ? ボクが前菜、トリコが魚料理、ゼブラが肉料理でサニーがデザートかもしれないじゃないか」
「オレ魚より肉の方が好きだな」
「トリコの好みは聞いてないってば」
 くすくすと声を潜めて笑い合う。ふと、ココの腕がトリコの背中に回された。
「今日はたくさん痛い思いをしたんだね。こんなに深い傷を負って、それでもちゃんと自分の足で帰って来た。ゼブラに八つ当たりもしなかった。お前はよく頑張ったよ、トリコ」
 ココはトリコの隠し事などお見通しだった。塞がりかけた傷を避けて優しく背中をさすられる。急に鼻の奥がつんとして、喉がひくりと鳴った。
 でかいけど、まだ子供のバロンタイガーだった。ちゃんとノッキングしたと思ったんだ。でも、背中を向けたところを前足で吹っ飛ばされた。鉤爪が思いっきり刺さって、血がたくさん出た。痛かった。死ぬかと思った。怖かった。死ぬことがじゃない。殺す必要はなかったのに、頭に血が上って、オレは何のためらいもなく拳で脳天をかち割った。そんな自分がすごく怖かったんだ。
 口を開いたら張りつめていた糸が切れてしまいそうで、トリコは代わりに頭をぐりぐりとココに押しつけた。ゆったりと一定のリズムで背中を撫でられるうちに、ささくれ立った気持ちが少しずつ落ち着いていく。嫌なことも辛いことも綿埃のように払い落とされて夜の闇に消えていく。
「明日は晴れるといいな。起きたらまずサニーの髪を整えなきゃね。それからゼブラを起こして、みんなで朝ごはんを食べよう。美味しいもの、好きなものだけたくさん食べるんだ。そしてお腹がいっぱいになったら、リンちゃんも誘って中庭で遊ぼう。缶蹴りしてもいいし、鬼ごっこでもいい。みんなでくたくたになるまで一緒に遊ぼう」
 ココの輪郭がぼんやりと曖昧になってくる。重たくなってきた瞼をこじ開けようと体を揺すると、トリコより少し体温の低い手がふわりと頬を撫でた。
「明日はきっといい日だよ。だから今日は、ゆっくりおやすみ」
 柔らかい声が眠気を誘う。なぜだかそうしたくなって、ココの額に唇を押し当てた。
「おやすみ……ココ……」
 トリコはそのまま重力に逆らわずに目を閉じた。
 
 
 だんだんと溶けていく意識の中で、トリコは思う。
 
 明日もし風が吹くのなら、穏やかな風だといい。
 ふわりと髪を揺らすくらいの強さで、いい匂いがして、みんなをあたたかく包んでくれるような、優しい風だといい。
 
 それだけで、明日はきっと、いい日になる。
 
 
 
Fin.

拍手[17回]

PR

2012/01/19 00:04 | トリコ。

<<【しょくじのじかん】 | HOME | アニトリ感想&リンク追加>>
忍者ブログ[PR]